久我くん、聞いてないんですけど?!
婚約者として
「これは蒼井さん、お久しぶりです。そちらはお嬢さんですか?」

「玉木さん、ご無沙汰しております。はい、娘の華です」

「蒼井 華と申します。初めまして」

やってきたパーティー当日。
私は新調したネイビーのフォーマルドレスに身を包み、父さんと挨拶して回っていた。

「初めまして。お父上とは古いつき合いの、玉木不動産の玉木です。いやー、素敵な娘さんをお持ちですな、蒼井さん」

「いえ、そんな。男手一つで育てましたので、女性らしさがあまりない娘でして…」

「何をおっしゃいますやら。奥ゆかしくて清楚な雰囲気のお嬢さんじゃないですか」

ぶっ!と私は吹き出しそうになる。
そちら様こそ、何をおっしゃいますやら。

まぁ、いつもの私は封印し、顔に愛想笑いを貼りつけておとなしくしているから、思惑通りと言えばそうなのだが。

なにせ、キモ川常務が現れたら、私は婚約者として挨拶して回ることになる。

来るなら来い!と既に戦闘態勢に入っていた。

それにしても、なんと広い会場なのやら。

ホテルの上層階にあるバンケットホールに、数百人のゲストが集まっていた。

「ねえ、父さん。こんなに人が多いと、下川常務がいらっしゃるかどうか分からないんだけど」

ウエイターが配っているシャンパングラスを受け取り、少し口にしてから父さんに話しかける。

「すれ違いで会えないってことはない?」

「それなら心配ない。下川社長は今夜スピーチで登壇されるからな。常務がいらしたら、一緒に紹介されるだろう」

「そう。じゃあとにかく相手の出方を見るってことね」

気合を入れようと、私はグラスを一気に煽った。
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