久我くん、聞いてないんですけど?!
「この会社に入社したのは、単純にノウハウや経営体制に興味があったことと、いずれ空我ホールディングスが傘下に入れたいって思っていたからなんだ」

並んでベッドに腰掛け、久我くんが少しずつ話してくれる。

「それと、親の影響のない場所で、ただの男として社会に出たかった。腰掛けではなく、ずっとこの会社に勤めてもいいと思っていた。誰も俺の素性を知らない環境は、俺にとっては新鮮で楽しくて。それに好きな人もできたし」

「誰?」

「はあー?まだそういうこと言う?今度こそ襲うよ」

「いや、ちょっと待ってって!どうして私なの?半分女捨ててるし、4つも年上だし。久我くん御曹司なんだから、もっとお家柄の合うお嬢様にしないと、おうちの人に怒られるよ?」

「怒られるか!自分の結婚相手くらい自分で決める」

「だから、どうして私なの?」

「最初にガツンと言われたからかな。御曹司だけは絶対やめた方がいい。恵まれた環境でぬくぬく育った、世間知らずのワガママ坊っちゃんだよって」

あ、美鈴ちゃんに言った時か。

「俺、それ聞いてカチンと来たんだ。何を勝手な!って。けど、考えてみたらその通りかもしれない。だから目の前の仕事に打ち込んだんだ。何の肩書もない普通の男として。そしたら華さんが嬉しそうに褒めてくれた。御曹司という立場の俺に寄ってくる子とは違って、ただの後輩としての俺を認めてくれる。すごく嬉しかった」

「そうなんだ。御曹司って、色々大変なんだね」

「またそんな他人事みたいに…。随分余裕だね。これから俺に食べられるっていうのに」

食べっ…?!

私は、ヒクッと凍りつく。

久我くんは右手を伸ばして私の頬に触れると、耳元でそっとささやいた。

「俺だけが君を一生可愛がってやれるんだ。こんなに幸せなことある?」

「いや、あの。どうして一生?」

「もちろん、結婚するからさ」

「いつの間にそういうことになったの?私、OKしてないよ?」

「じゃあ断るの?さっき、何百人ものゲストに祝福されたのに?へえ、勇気あるなぁ。空我ホールディングス御曹司のプロポーズを断ったのが娘だって、君のお父さんも肩身狭くならないかなあ?」

「ちょっ?!脅し?それにたった今、御曹司じゃなく、何の肩書もない普通の男って言わなかった?」

「まあね。でも使えるものは何だって使う。君を手に入れる為ならね」

「ひ、卑怯者ー!」

「せめて策士にしといて。じゃあそろそろ、うるさい口を塞ごう」

またスイッチが入ったように、久我くんは甘い顔で微笑むと、私にチュッとキスをする。

「あの、だから、私どうしていいか…」

「大丈夫。俺に身体を預けてて」

素直に身体の力を抜くと、久我くんは嬉しそうに笑って私を抱きしめる。

「いい子。たっぷり愛してあげるからね」

悪魔のような天使のささやき…

私はもう何も抗えずに、ただ久我くんの腕にうっとりと抱かれていた。
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