久我くん、聞いてないんですけど?!
「ただいま」

玄関を開けると、リビングから父さんが出て来た。

「お帰り、華。どうだった?下川常務は」

常務?!と、私は度肝を抜かれる。

「え、あの人役員なの?」

「ああ、次期社長だからな。どんな人だった?父さんもお会いしたことないんだよ。なんでも、シャイなお人柄だとかで」

いや、シャイって言葉に謝れ。

「お父上の下川社長は、こちらからは決して断らないから、華さえ良ければこの縁談を進めたいとおっしゃっていた」

そうだわな。
誰でもいいからもらってくれ!って心境なのだろう。

うん、その考えはまともだ。

「思ったより帰りが早かったじゃないか。あんまり話が弾まなかったのか?沈黙に耐え兼ねたとか?」

むしろ沈黙の方がありがたかった。

「華?」

私が黙ったままで心配になったのか、父さんが顔を覗き込んできた。

「えっと、先方にお返事しなくちゃいけないんだっけ?」

「ああ、まぁそうだな。でも華が乗り気じゃないなら、断ってもいいんだぞ?」

「んー、もう少し考えてからでもいい?」

「え?ああ、構わんよ。その様子だと、イマイチだったのか?」

「ううん、イマイチではないよ」

イマイチどころか、イマヒャク、いや、イマオクだ。

「そうか。とにかく一度会っただけで返事はしづらいよな。分かった。下川社長にも、もう少しデートを重ねてからお返事したいと伝えておくよ」

もう少しデートを重ねるくらいなら、いっそのこと婚姻届を提出して別居生活に入った方がマシかもしれない。

「華。何度も言うけど、父さんの為に無理することないからな?断りたいならそう言いなさい」

「うん、分かってる。じゃあ私、着替えてくるね」

まだ心配そうな父さんに笑いかけてから、私は2階の自室に向かった。
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