空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~
その音と声がした方を見ると、パントリーに繋がるドアの脇に岸が立っており、足の脇には鞄が置いてあった。

あぁ、割れた食器の音だったか…

と、そこに視線をやると、鞄の後方にスッと女性の脚が現れた。

あのパンプスは……!

それに気付いて顔を上げると、俺よりも早く紅羽がバッと離れた。


「那知さん!違うの!浮気じゃないわ!」


「え…えっと…あの……」

と、驚いて言葉が出ない様子の那知に、紅羽が続ける。

「お兄様は那知さんを裏切ってないわ!私が弱音を吐いたから…ただそこにいたお兄様に形だけハグしてもらっただけなの!本当にお兄様でなくても誰でもよかったの!」



「…ハグ…?」
那知がポツ…と呟いた。


「社長、シノを泣かすなら俺がシノをもらいますよ。なぁ、シノ………シノ?」

岸が振り返ると同時に、那知がこめかみを押さえながら下を向いた。

また頭痛が再発したのかも…と、那知に駆け寄ると、那知が俺を一度見てから顔を逸らした。

そして……


「ケンちゃんの…ばかぁ……」



そう、言った。



「那知……それ……」

那知の両肩に手を置くと、那知が戸惑いながら言う。

「…え?…何…今の……」


てことは…思い出した訳ではないのか?


「やだ、ごめんなさい賢太郎さん、変なこと言って……何であんな言葉が出て………っ!」

「那知?痛むのか?」

すると、まぶたをぎゅっと閉じ、さっきよりも苦しそうに頭全体を抱えた。

次第に呼吸も乱れてきて、これはヤバい!と思った瞬間、那知の身体がグラリと揺れ、咄嗟に抱き止めると、そのまま力なく俺の腕の中に倒れ込んだ。


「那知!……紅羽、救急車を頼む!」

「わかった!」

「岸くん、すまないがキリと龍綺に連絡してここに呼んでくれないか」

「りっ了解っす!」



「那知、那知!」

呼び掛けても目を開けない那知を胸に抱いたまま、ゆっくりとしゃがむ。



…落ち着け。お前は冷静でいろ。

そう自分を諌め、ふぅっ、と息を吐き、呼吸を整える。


それから、カーペットに俺のコートとジャケットをバサッと広げると、状態をしっかりと把握するべく、そこに那知をそっと横たわらせた。


顔色は悪い…

…呼吸はまだ少し乱れてはいるが…

…脈拍はとりあえず正常な範囲の様だな…

腕時計の秒針を見ながら那知の手首に指を当てていると、紅羽が俺に通信指令室と通話中のスマホを見せ、那知の傍らに置いた。

「私、良美さんにも伝えてくるから那知さんの状態をお願い。場所は伝えてあるわ。あ、スピーカーにしたからそのまま話して」

「ありがとう、すまない」


俺はすぐにその置かれたスマホに向かい、倒れた状況と状態、それと那知に記憶障害があることも話し、通話を終えると那知の手を両手で包むように握った。




那知…


さっき…あの状況で〝ハグ〞って言葉に反応したよな。

それに続いて出たあの言葉…

『ケンちゃんのばか…』って…



…もしかして…俺は記憶を思い起こさせちまったのか…




ごめん…那知……

今まで思い出すこともなく、こんな辛い思いもしなかっただろうに……



……俺のせいだ……

……俺があんな所を見せてしまったから……




俺が…那知を幸せにするって…約束したのに…

苦しめてしまった……



ごめん…

ごめん…那知……




俺は…那知が倒れた責任を感じながら……そして那知が無事であることを祈りながら、救急車が来るのを待った。


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