同棲している彼に、マンションから出て行けと言われました。(だけど、このマンションを購入したのは私です)


 ――暑い夏の日。



 久々に息抜きしたくなった彩花は、お店を店員に任せて1日休みを貰っていた。
 仲の良い部下からは「1日と言わずに、1週間でもイイですからね?」と言われたのだが、腕が鈍りそうだからと笑って返しておいた。
 ちなみに、店と言うのはネイルサロン。
 以前、勤めていた店を辞めて、念願の店を持ったのである。


 その辞めた職場の元同僚達と遊びに出ていた。
 同僚と言ってもOLでも、アパレル関係でもない。いわゆる夜関係。キャバである。
 現役の頃は、ナンバー1を争っていたライバルでもあったが、2年前に私がお店を辞めてからは、ライバルから気の合う仲間に変わっていた。
 店で競っていたからギスギスしていただけで、話してみると意外と趣味や価値観が合う事に気付き、自然と仲が良くなったのだ。
 私は仕事を辞めてから、ネイルサロンを開いて細々と、仲間達は、投資し合い池袋でとあるお店を経営している。
 



「彩。まだ、年下の彼氏と同棲してんの?」
 そろそろお開きにしようかという時間に、元同僚でナンバー2だった沙耶がかったるそうに言った。
「彼氏ではないけど、してるね〜」
「浮気してんのに、別れないの?」
 あっけらかんと言ったのは、ナンバー3だった舞。
 彩花の同棲している彼氏の浮気現場を、目撃して真っ先に教えてくれたのも彼女だ。
 親切心か好奇心かは知らないけど、私の彼氏がその女とラブホに入った所を、スマホの動画で押さえてくれた強者。
 自分だったら、動画なんて撮る余裕はなかっただろう。
「だって、アレ居候だし。捨てる事はいつでも出来るし」
 彩花の中では、すでに彼氏から居候、いや寄生虫に格下げしていた。
 そう考えたら気が楽になって、次がいないしとりあえず保留でイイかなと、ダラダラ同棲という名の奉仕を続けている。



「あ、分かった。広い部屋に1人になるのが嫌なんでしょ?」
「なら、同居してあげようか? 彩花ん家、タワマンだから歓迎……じゃなかった、2つ返事でOKだよ?」
「2L?」
「3」
「うっわ、想像以上に広かった。ローン?」
「一括」
「「マジか!!」」
 一括でタワーマンションを購入したと話したら、仲間が驚愕していた。
 億ションだから、余計だよね。


「え、ナンバー1ん時って、もしかしなくてもウチらよりマジで稼いでた感じ?」
 沙耶が興味深々の表情で訊いてきた。
 ライバルとしてお店にいた時は、苛つくから店長にも彩花の稼ぎを聞かなかった。でも、今は競う間柄ではないから、純粋にトップの収入が気になったのだ。
「沙耶は最高は?」
「月二百」
「私のピーク、その六倍」
「「なっ!!」」
 彩花がサラッと答えれば、仲間達は余りの差に愕然としていた。
 稼いでいるとは知っていた。
 ナンバー1だからとかではなく、店長の入れ込み様が凄かったからだ。彼女だけには、絶対送迎車が付いていたし、護衛みたいな店員まで付いていたのだ。
 なんで彼女だけ、そんなに特別扱いするんだと文句を言っていた時もあったが、聞けば当たり前である。
 店を持った自分達だからこそ、余計に感じる事だった。
 彼女が1人いるだけで、キャバ嬢4人分以上の稼ぎが出るのだ。なら、扱いも自然と差が出て当然だ。



「ノウハウとかあれば、今後のために!!」
 舞がプライドなど捨て去り、店のために擦り寄った。
 店のキャバ嬢がそれで育って稼いでくれるなら、媚を売る事も厭わない。
「誰でもやってる事だけだよ」
 彩花は、お客に大して特別な事は一切していない。
「参考までに!!」
「客の好みは徹底的に覚える。職業、趣味、今ハマっているモノ、飲み物、食べ物。ありとあらゆる事を網羅しとく。その上で会話が返せる様に自分も知っとく。後は相手の性格。上に立ちたい男か否か。同級生感覚がイイのか、媚るタイプが好きなのか」
 ツラツラと彩花が次々と言えば、沙耶達は口をポカンと開けていた。
 努力とは無縁のように見えていた彩花が、実はかなりの努力家だった。
 自分達は売れたいとは思ったが、そこまで考えていなかったし、考えたとしても真似が出来ない。それは、差が出来て当然だと心から完敗したのである。



「「アンタ、ナンバー1だよ」」
 沙耶達が負けたとばかりに、両手を挙げて戯けて見せた。
 勝てない訳だと、尊敬さえしていた。


「ねぇ、彩。タワマン見たいんだけど? 今から行っていい?」
「あ、見たい見た〜い!」
 一生買えないだろうけど、貢がせる事は出来るかもしれない。
 1度は住んでみたいタワーマンションを、見れたらなと沙耶と舞は思ったのだ。
「イイけど、省吾いるかもしれないし。一応メール送っとくか」
 彩花の友人と顔を合わせたくないなら、どっかにフラッと出て行くだろうと思ったのだ。
 それに、彩花自身もヒモより最悪の寄生虫彼氏に会わせたくなかった。



「そのネイル可愛いじゃん。自分?」
 スマホをいじっていれば、目敏く爪を見た沙耶と舞が訊いてくる。
「違う。新人の練習」
「新人かよ。え、彩の店いくら?」
「ピンキリ、コース別。お試し程度でいいなら、今キャンペーンやってるから千円」
「マジ? アタシやりに行こっかな」
「ウチの店で映えるヤツにして」
 そんなたわいのない話をしながら省吾にメールを送り、丁度通り掛かったタクシーを拾って皆で乗り込んだ。
 近くにいたし、10分くらいで着くだろう。




 ◆◆◆




「うっわ、マジ緊張する」
「なんでだよ」
 沙耶が腕を擦り始めたので、彩花はつい笑ってしまった。
 緊張する意味が分からない。
「え? 何アレ。ここホテルじゃないよね?」
 入り口に入ると、すぐにやたら広いエントランス。
 そこには、ホテルみたいにフロントがあったから驚きだ。
 彩花を見かけたフロントの女性が、挨拶をしていたから、さらに驚愕していた。
 口が開きっぱなしで、塞がらない。


 そんな2人を見て、彩花がクスリと笑った。
「あぁ、アレ。コンシェルジュ」
「「コンシェルジュ」」
 このマンションは管理人の代わりに、コンシェルジュがいるのである。
 頼めば、ホテル並みに色々とやってくれる。
 勿論、頼む内容によれば別途料金は必要だけど。



「え? アンタ、マジ何?」
「姫? 姫なのか?」
 沙耶と舞は、知らない豪華な世界に身体が震えていた。



「店で稼いで買いなよ」
 彩花は発破をかけてやろうと、パシリと2人の背中を叩いた。
「「買える気がしない」」



 エレベーターも一流ホテルと変わらず、扉が輝いている。
 中に何故か小さなソファーまであるから、沙耶と舞はソワソワして落ち着かなかった。


「え、鍵を挿すの?」
 タワーマンションもピンキリで、20より上は鍵がないとボタンが押せないのである。
 彩花のやる事全てが、唖然呆然で言葉が出なかった。



 あっという間に、最上階である。



 彩花は一応メールを確認したが、既読すらされていなかった。
 大した仕事をしている素振りがない省吾。
 大抵、家で遊んでいるから、いる可能性しかない。



 ドアホンを鳴らそうと思ったけど、女を連れ込んでいる気配がした。
 いや、音がした訳ではない。ただの勘だが、イヤな事は意外に当たるのが悲しい。




 ――ガチャ。




 ワザとゆっくり開けて見れば、玄関のヒールを見なくとも、すぐに女を連れ込んでいると分かった。
 ベッドでヨロシクやっている声が響いていたのだ。



「マジか」
 浮気をしているのは知ってはいたが、まさか本当に連れ込んでイタしている最中だとは思わなかった。
 冗談でも、遭遇するなんて想像しなかった沙耶は、つい声が漏れた。
「え、何アイツ。糞にも程があんだろ?」
 彩花の彼氏の浮気を知った時は、他人事で面白半分だったけど、実際遭遇してみれば、コレはないと憤慨していた。



「ベッド、いくらしたと思ってんのよ」
 彩花は、省吾の浮気よりベッドが汚された事に怒りを覚えていた。
「「え? そこ?」」
 沙耶と舞は、思わずツッコミを入れてしまった。



 乗り込む?
 やっちゃう?
 手伝うよ?



 沙耶と舞の視線が彩花に刺さる。



 静かに入れと彩花に注意されたにも関わらず「うっわ、リビング汚ねぇ〜」広いリビング入った沙耶は、顔を顰めた。
 ファーストフードの食べかすや、お菓子の食べかすが、テーブルの上に散らばり、フローリングにも落ちていた。
 ソファーには、2人分の服が無造作に散らばっている。



 どうやら、盛り上がって楽しんでいるらしい。



「え? 何、掃除してんの?」
 すぐに寝室に乗り込むのかと思ったら、彩花は静かに片づけ始めていたからだ。
 奥の寝室では、喘ぎ声がまだ聞こえる。


「舞、アレ動画撮っといて」
「お? 了解」
 彩花がそう頼めば、舞はコソコソと奥の寝室に向かって行った。
「え? アタシは何する?」
「アンタも動画撮っとく?」
「撮っとく」
 舞も沙耶同様に、奥の寝室に向かって行った。



 彩花は、片づけていた訳ではない。
 2人の洋服だけを持っていたのだ。
 沙耶達が動画をある程度、撮っただろうと予測して、洗濯機のスタートボタンを押した。
 途端に洗濯機のスイッチ音と、回転する音、水の音が部屋に響き始めた。
 ベランダから投げ捨てない優しさは褒めて欲しい。




「キャーーッ!?」
「うっわあぁっ!?」



 音に気付き、扉を見た瞬間――。
 沙耶達の存在に気付いたのか、省吾と浮気女の悲鳴が聞こえた。



「動画は?」
「「バッチリ」」
 どうやら、扉が開いた事にも気付かないくらいに、楽しんでいた様だ。



「お前ら、なんなんだ――」
 顔を真っ赤にさせ、憤慨し文句を言って寝室から出て来た省吾。
 慌てて出て来たのかバスタオルを腰に巻き、リビングにいる彼女、彩花を見て絶句していた。



「少し、話そうか?」
 彩花は実に冷静だった。
 省吾の浮気を今知ったのなら、怒りに震えて喚き散らしたかもしれない。
 だが、省吾の浮気はとうに知っていたし、沙耶と舞がいてくれたから冷静でいられたのだ。



「な、なんなのよ!?」
 空気の読めない浮気女が、ガウンを着て寝室から出て来た。
 年は二十代前半。意外とスタイルが良くて可愛らしい子だ。キャバで働けば、そこそこ稼げるかもしれない。



「それはコッチのセリフだし? 誰、貴女?」
 彩花は、キャバ目線で浮気相手を品定めしつつ、ソファーに優雅に座って訊ねた。
 部屋を荒らし、人の家で致していたのだ。理由は勿論知っているが、自らの口から聞きたい。
「何って、省吾の彼女よ!!」
 省吾の浮気相手ではなく、本命だと主張する。
「へぇ?」
 彩花はそれを聞いても、何も心は騒つかなかった。
 自分で思っているより、省吾に対する情は消えていたらしい。
「何しに来たのよ。不法侵入よ!? 出て行きなさいよ!!」
 彼女は、このマンションは省吾のモノだと思っているようだ。



「なら、警察を呼ぼうか?」
 スマホをチラつかせた彩花。
 警察を呼んで困るのは、痴話喧嘩に呼ばれた警察と省吾達である。
「呼びなさいよ。不法侵入で逮捕されるのはソッチなんだから。省吾も何か言いなさいよ!?」
 省吾の腕を引っ張る彼女。
「お前、今日は遅くなるって……」
 沙耶達と遊ぶから遅くなるとは言ったけど、必ずしもそうなるとは限らないのが当たり前。
 どうやら、遅くなると聞いたから彼女を呼んだらしい。



「友人達が"私"のマンションを1度見てみたいって言うから、連れて来たのよ」
「信じられない。人ん家に勝手に友達連れて来るなんて」
「浮気相手を、同棲してるマンションに連れて来る方が信じられないけど?」
「は? 同棲?」
「そうよ? 何、省吾。それも黙って連れ込んだの?」
 彩花と付き合っている事は薄々気付いていたようだが、同棲は初耳だったらしい。
 察しのイイ女なら玄関で一発。勘の悪い女でも、リビングや寝室を見れば、女と暮らしていると分かりそうなものである。
 知りたくない情報は、都合の良くシャットダウン出来るタイプの様だ。


「うるさいな」
 突然過ぎて、頭が回らず反論が出来ないのか、怒鳴る様に返してきた。
 その一言に、たまたま彩花達が黙ったのを、勘違いし気を良くした省吾はペラペラと話し始めたのだ。



「お前みたいな傲慢な女はいい加減嫌気が差していたんだよ!! もう、お前とは別れるから、このマンションから出て行け!!」
 省吾はあろうことか、玄関を指で差し彩花にそう叫んだのである。
「この家から出て行け?」
 呆れた彩花は、組んでいた足を組み直した。
「そうだ。今日から、このマンションは俺と梓と2人で住む。だから、荷物を纏めて出て行け!!」
 冷静なのは気に入らないが、言ってやったとばかりに省吾は口端を歪めた。
 こんな修羅場な中、彩花は浮気相手の名は梓なのかと思っていた。


「おい、お前等も早く出て行け!!」
 省吾は梓の肩を抱き、勝ち誇った様子で彩花達に言ったのである。


「彩? 出て行けだって」
 沙耶が吹き出していた。
 浮気しておいて、その強気な姿勢に面白くなってしまっていたのだ。何様だっていうのか。
「何故、私が自分のマンションから、出て行かなきゃならないのよ?」
 怒る気も失せた彩花は、テーブルを静かに片づけ始めていた。


「はぁ? ここはアンタのマンションじゃないでしょう? 図々しい」
 と梓が噛み付いてきたが、彩花は哀れだなと鼻であしらった。
「図々しいのはドッチだつーの。勘違いしている様だけど、このマンションは私のモノよ。省吾は同棲相手? いや、居候?」
「はぁ!?」
 梓は彩花の説明にも理解を示さず、敵意剥き出しで睨んでいた。
「省吾。荷物は後で連絡してくれれば、その女の所に送ってあげるから、貴方が出て行きなさい」
 彩花はゴミを纏めながらキッチンに向かい、シッシッと右手で払って見せた。
「はぁ? 出て行くのはお前だろう!?」
「なんで、自分のマンションから私が出て行くのよ?」
「このマンションは、俺もローンを払っていたんだから権利がある――」
「ローン? あぁ、ローンね」
 彩花はクスクスと笑い、ついでに冷蔵庫からビールを取り出す。


「このマンションにローンなんて、初めからないわよ」
「は? 何言ってんだよ。俺は毎月3万払っていただろう!?」
「パチンコでスッた日は、1円も払わなかったけど?」
 アルバイトでもいいからしっかり働いて稼げ、毎月払えと言っても、省吾は言い訳をしては払わなかったし、遊び呆けていたのだ。
 挙げ句、ギャンブルをしては空になっていた。
「う、うるせぇな!! それでも払っていただろう!?」
 それでも、省吾は払っていたと主張する。
 毎月3万も払わなかった男が、払っていたと主張する勇気はある意味凄いけど。
「それは、生活費として貰っていただけ」
「は?」
「だって、そうでも言わないと、アンタ1円も払わないじゃない」
「お、お前、ウソをついていたのかよ!?」
「ウソじゃないわよ。ちゃんと生活費として使ってたわよ。全然足りなかったけど?」
「な、な」
「少し考えてみれは分かる事じゃない。タワーマンションのローンが月3万? 私と折半だとして月6万? んな訳あるかっつーの。最低月50は払うわよ。それに、3万がローンなら生活費はよ? 光熱費や食費は? 洗濯や掃除、食事の用意は? ねぇ、今時アパート暮らしだって、3万だけじゃ生活なんて出来ないのよ? なのに、高級マンションで暮らせる訳ないじゃん」
 彩花は、呆れてながらも丁寧に説明してあげた。
 郊外のアパートだって、家賃で3万は消えてなくなる。なのに、ここは都会の一等地タワーマンションだ。
 そんな少ないお金で暮らせる訳がない。光熱費すら払えないだろう。




「ちょ、ちょっと待ってよ。え? 待って? このマンションは省吾のモノじゃないの?」
 彩花と省吾の会話を聞いていた梓が慌て出していた。
 省吾のモノだとずっと信じていたが、彩花の話を聞いている限り、このマンションは彩花のモノらしい。
 彩花を追い出して住む予定だったけど、話が違った。
「私のモノ。権利書見せようか? コレは転がり込んで住み着いた居候」
「え、え、えぇ!?」
「ねぇ、貴女、省吾の収入知ってる? 月10もないわよ? どうしたらこのマンションを買えるのよ」
 彩花はソファーに座って、呆れ笑いをしていた。
 しばらく一緒にいれば、省吾の収入なんて分かりそうなものである。
 彼氏フィルターでもかかっていたのか、それとも省吾が言葉巧みに隠していたのか謎だけど。



「え、ウソ、じゃあ、私はこのマンションに住めないの!?」
「私の許可があれば別だけど、貴女だったら許可する?」
 彩花は缶ビールを飲み干し、ワインをグラスに注ぎ始めていた。
 彼氏の浮気相手と一緒に暮らす強者なんて、この世に何人いる事やら。
「わ、私、帰る」
 省吾のマンションでないのなら、梓の立場は悪かった。
「ふぅん?」
 彩花は笑っていた。
 梓の洋服は、下着も含めて洗濯機に入っている。ゴウンゴウンとパウダールームでは小気味良い音が、響いていた。
「え、服、私の服は!?」
 頭が冷えてきた梓は、さっさと帰ろうとキョロキョロと部屋を見渡したものの服は見つからず、彩花達に縋る様な目で見ていた。
 教えてくれなければ、下着とガウンで帰るハメになる。


「洗濯中」
「は? なんで!?」
「逃げない様に?」
 濡れた服を着るなら別だけど、いくら夏とはいえ、ビショビショの服は着たくないだろう。


「は? え、どういう事よ?」
「人のマンションでやる事やって、謝罪もないってオカシイじゃない?」
「う、浮気される方が悪いんでしょう!?」
 逆ギレしてきた梓に、彩花は小さく笑い返した。
 ここで、彩花の機嫌をこれ以上損ねさせてもイイ事はないのに、まだ分からないらしい。
「で?」
「え?」
「そ、れ、で?」
「……」
 彩花だけでもタチが悪いのに、事を致している動画を見せる沙耶達もいる。服も洗濯機で洗濯中。
 梓はすでに詰んでいた。


「ど、どうすればいいのよ? 省吾とは別れるわよ!!」
 ここで彩花達の機嫌を損ねて、動画をネットにあげられたら一生後悔する。
 梓は彩花に、どうしたら動画を削除して貰えるのか訊いた。
「別に省吾とは別れなくてイイわよ。いらないし」
「わ、私だって――」
 いらないと言おうとして、彩花の笑みに言葉が詰まった。
「住所と氏名を教えてくれる? そうしたら、すぐに解放してあげるし、動画だって貴方の手で消させてあげる」
「じゅ、住所……」
 梓は戸惑っていた。
 住所や氏名を教えて、何か報復があったらと最悪な事を考えたのだ。


「別に言わなくても、省吾のスマホ見れば分かるし、なんなら探偵を雇ってもいいのよ?」
 その時は、費用を請求するし、最悪、裁判を起こしてもイイけど? と彩花は適当に脅しておく。
 実際、裁判なんて費用が嵩むだけで利があるとは思えない。
 彩花はそんな事をボンヤリ考えながら、ソファーでワインを飲んで寛いでいた。
「か、書かせて、どうするのよ?」
「報復なんかしないから、さっさと書きなさいよ。それとも、不法侵入で警察呼ぶ?」
 さっき梓が言った意趣返しである。
 梓は、渋っていたけど、ガウン1枚で放り出されてもと、嫌そうな顔をしながら紙に書いた。
 タワーマンションに住んでいるのだから、書かなくても調べられるに違いないと諦めたのだ。



 ――ピー、ピー。



「丁度良い感じに服も洗い終わったし、帰っていいわよ。佐々木さん?」
 近くにあった梓の鞄を放り投げ、強引に渡した。
 慰謝料も欲しい所だけど、省吾とは婚約していた訳ではないし、屑を押し付ければイイかと許す事にした。
「動画も削除したわよ」
 ホラと、沙耶と舞がスマホを見せれば、真剣に見て確認していた。
 それでも、梓はまだブツブツと文句を言っていたけれど、長居をしてイイ事はないと見切りをつけると行動は早かった。
 乾き立てのクシャクシャの服を着て、髪は乱れに乱れていた。顔も全くメイクも出来なかったにも関わらず、気にしている余裕はないのか、鞄を抱え転がるようにマンションから出て行ったのであった。



「アンタもよ?」
 彩花は、洗濯機から省吾の服を放り投げると、早く着替えて出て行くように促した。
「は? いやいや、俺は実際ローンを払っていたんだし」
「ココ、1億5千万もしたのに、3年間で100万も払ってないアンタになんの権利があるのよ。それでも主張するなら、今すぐ半分の7千5百万払いなさいよ」
「な、7千? いや、あ!! そうだ! なら、100万返せよ!! ローンじゃなかったんだろ!?」
 毎月払っていた3万がローンではないのなら、返せと言い始めた省吾に、彩花達は呆れ返っていた。
 何もしてこなかったのに、屑みたいな台詞を平然とよく言える。


「生活費は?」
「は?」
「アンタが、使った光熱費や飲み食いした生活費は?」
「……か、彼女なんだから払って当然だろ? 大体、金が有り余ってるんだから、ケチケチすんじゃねぇよ!!」
 まさに、逆ギレだった。
 お金を持っている彩花が払うのは当然だと、身勝手な理屈まで言い始めていた。


「ケチはどっちだっつーの!! 生活費も払わないで、何を偉そうにしてんだよ!!」
「そうそう、聞いてりゃあ家事もなんもやんなかったらしいじゃん。アンタ、何様のつもりなんだよ!! あの女の所にさっさと消えな!!」
 いつまでも、謝りもせず屁理屈を捏ねている省吾に、沙耶と舞がキレていた。
 彩花が浮気されていて、少し可哀想なんて言いながら、優越感を感じていたのだ。だが、省吾や梓と対峙して、彩花に対する扱いに憤慨したのだ。
 こんな屑に彩花は勿体ないと。


「は? お前らは部外者だろうが、お前らこそ出て行け!!」
「はぁ!?」
「ふざけんな、脳なし」
「あぁ? やるのかよ!?」



 彩花をそっちのけで、バトルが始まりそうな剣幕に、彩花が疲れていた。
 こんな屑のために、労力を使うなんて勿体ないし、時間の無駄だ。

 

「今すぐに、出て行けば5万あげる。どうする? 省吾」
 立て篭もられるのが一番厄介だと、彩花は財布から5万出してピラリとチラつかせた。
「ちょっ――」
 不服しかない沙耶達を視線で黙らせ、省吾にどうするか決めさせる。



「あ? 足りねぇだろ? 俺が払ったのは100万だぜ?」
 現金をチラつかされ、何故か優位に立った気になっていた省吾は、今まで払っていた金を返せと言い始めたのだ。
「なら聞くけど、アンタが転がり込んでから掛かった光熱費、生活費は100じゃ全然足りないけど、それはどうしてくれるの?」
「そんなん知るかよ。あ、別れるつーなら、俺が誕生日に買ってやった指輪も返せよ」
「勿論、イイわよ。その代わり、私が買ってあげたそのスマホは返してくれるのよね?」
「は? コレとそれは違うだろう!?」
「違わないわよ。あぁ、その時計も私が買ってあげたヤツだっけ、当然返してくれるのよね?」
「あ、いや」
「スニーカーも買ってあげたし、財布も? こんな安物の指輪なんか返すから、アンタもホラ、私が買ったモノを置いて行きなさいよ?」
 彩花はソファーから立ち上がり、近くにあった棚から指輪を出して床に放った。
 自分が買ってあげたモノを返せと、反撃する気分で主張した省吾だったが、自分があげたモノより遥かに彩花から貰ったモノの方が多く高価だった。
 自分は貰うが、お前は返せと主張出来る雰囲気ではない。
 反撃したつもりが、逆に首を絞める事になって省吾はグウの音も出なかった。



「で? 5万貰って今すぐ出て行くの?」
 5万をピラピラとチラつかされ、省吾は舌打ちをしながら、奪う様に彩花の手から取った。
「仕方ねぇから、一旦出て行ってやる」
 省吾はそう言って、クローゼットから適当に服を出して着ると、鞄に数枚服を押し込み、再び舌打ちしながら玄関に向かった。


「マンションの鍵は返して貰うわよ?」
 彩花は、省吾のズボンから、マンションの鍵を抜き取った。
 当然のように、ポケットに忍ばせて出て行くのだから、厚顔無恥である。
「あ?」
 合鍵を取られると、思わなかった省吾は眉を顰めた。
 ホトボリが冷めたら、またいつも通りの関係に戻るだろうと、浅はかな考えをまだ持っていたのだ。
 合鍵を取られたら、ここには帰れない。


「お、俺の荷物があんだろ?」
 まさか、本気で追い出そうとしているのかと、省吾は内心焦っていた。
 たかが、浮気したぐらいで何を本気になっているのだと。
「大したモノなんてないから、佐々木さんの所に送っとく」 
「は?」
「末長くお幸せに」
 鍵をクルクルと回して、笑う彩花。
 一旦なんて言っている以上、合鍵なんて持たせていたら、シレッと戻って来そうである。
「ふん、どうせ、モテないクセに、泣いて縋って来ても遅いんだからな」
「バイバーイ」
 その言葉には反論せず、彩花はニッコリと微笑み片手を振った。


 省吾はやっと舌打ちをしながら、このマンションから出て行ったのであった。




 ◆◆◆




「え? アイツ、超糞なんだけど?」
「彩はなんで金なんか渡したし」
 沙耶と舞が、自分の事のように怒ってくれた。
 てっきり他人の浮気なんて、楽しんでいると思っていた彩花は、なんだか嬉しかった。
「居座り続けられる方が困るから」
 彩花はそう言いながら、固定電話から何処かに掛けていた。



「ハイ、それで至急鍵の変更と……ハイ、宜しくお願いします」
「どこに掛けてんの?」
 受話器を置いた彩花を見て、沙耶が眉を寄せていた。
「家、電子キーだけど、アイツ勝手に合鍵を作ってる可能性もあるから、念のために変更させるんだよ」
「「あぁ〜」」
 電子キーは基本的に、一般の鍵屋では合鍵を作るのは難しい。
 だが、難しいが作れない事もない。だから、変えておいて損はない。
 ついでに、顔写真を渡しておいて、2度と入れない様にコンシェルジュに伝えたのである。


「悪いけど、アイツの荷物を纏めるのを手伝ってもらえると、嬉しい」
 好きではないけど、1人で片付けるのは虚し過ぎた。
「いいよ」
「なんなら、アタシがしばらく住んであげる」
 2人はそう言って、省吾達が散らかしたテーブルから、手際良く片付けてくれた。
 上辺でもなんでも、友人達の優しさが心に染みる。



「で、しばらくとか言って、寄生するんだろ?」
「そうそう、だって月3万でタワマンに住める」



「バーカ」
 揶揄しながらも一緒に片付けてくれる友人達に、彩花は笑っていたのだった。









 纏めて見ると、省吾の荷物は想像以上に少なかった。
 家具や電化製品は彩花が元から持っていたし、新しく買ったモノも彩花がお金を払ったモノだ。
 省吾は一銭も出していなかったから、アイツの荷物は自分の洋服とか靴とかそういうモノだけだった。


 浮気した女性が、どの程度の部屋に住んでいるか知らないけど、この荷物ならさほど邪魔にはならないだろう。


 まぁ、省吾自身が邪魔かもしれないが。
 衣食住のお金は払わないし、家事もやらない。稼ぎはない。パチンコ好き。女好き。


 今、思えば、なんでアイツをここに住ませたのか、彩花には分からなかった。


 片付け始めると、色々と出て来た。
 アイツとのツーショット写真を見つけ。ふと思う。
 顔は可愛い顔だったし、好みだったからだっけ? 違うなとゴミ箱に入れた。
 センスが良かった? でも洋服は彩花の買ったモノだらけだと、ダンボールに詰めた。
 料理……はしなかったな、とアイツの食器を捨てた。
 歯並びは良かったけど……だからどうした? ハブラシをゴミ箱に入れた。
 アッチが上手かった? と考えて、それも違うなとベッドのシーツを剥ぎ取り枕と一緒に袋に捨てた。
 もはや、アイツの何の良さのカケラも探せなかった。



 まぁ、なんにせよ。
 ゴミ掃除が出来て、あ〜スッキリした!!




「ベッドも送っちゃえば?」
「あはは、いらねぇー」




 沙耶と舞と、久々に楽しく朝まで飲み明かしたのであった。





 ◆◆◆




 ――数日後。



 案の定、このマンションに省吾が図々しく戻って来たらしかったが、家のコンシェルジュは良く出来ていたので、丁重に帰したとか。
 それでも、何度も来るので警告の後、警察にストーカーとして通報された様だ。


 仕方がないとばかりに梓のマンションに転がり込み、今度はそっちに寄生しているらしいと、風の噂が流れてきたのはひと月経った後だった。




 それを聞いた彩花は、その夜、友人達とシャンパンで乾杯した。



 省吾、梓さん、どうぞお幸せに……と。





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