【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~

12 バルゴアに帰ってきました

 あっという間に半月がすぎ、バルゴア領はもう目の前です。

 本当ならひと月かかる道のりを飛ばして半分でたどり着きました。

 この休憩を終えると、バルゴアが治める土地に入ります。森は抜けたので、あとは平たんな道です。

 王都から逃げるように出発しましたが、道中なにもなく平穏に過ごせて良かったです。

 ホッと胸をなでおろす私に、テオドール様が声をかけました。

「シンシア様、今日は魚を釣ってきます」
「あっ、は、はい」

 輝くような笑みを浮かべたテオドール様は、釣竿を手に持っています。

 うっ! まぶしい!

 テオドール様は、この半月の間にとても健康になりました。

 出会った当初は「食欲がない」と言っていましたが、今ではたくさん食べられるようになっています。夜もぐっすり眠れるようで、目の下のくまもすっかり消えてお肌もツルツル。

 ただでさえ美青年だったテオドール様。その美しさは、もはや神々しいです。

 それにテオドール様は、私や護衛騎士たちのような田舎者をバカにすることなく、すごく丁寧に接してくれるのです。

 だから、護衛騎士たちはテオドール様をすぐに気に入り「テオドール様、狩りに行きませんか?」とか「釣りに行きましょう!」とか誘うようになってしまったのです。

 テオドール様って公爵令息なんですよ!?

 そんなことをするわけないのに……と思っていたのですが、そこはさすがのテオドール様。

 護衛騎士達に怒ることもなく付き合ってあげています。

 今も釣りに誘われたようです。

 テオドール様は、私に向かってまるで騎士のようにひざまずくと「シンシア様のために、必ず食材を手に入れてきます」と言いながらそっと手にふれます。

 私の胸はもう高鳴りっぱなしです。

「は、はい、楽しみにしていますね」

 ニヤつきそうになるのを必死にこらえている私は、テオドール様の白い頬が赤くなっていることに気がつきました。日焼けしてしまったのでしょうか? 心配です。

「あの、ムリには……」
「ムリではありません!」

 その言葉の通り、食材をしっかりと集めてくるテオドール様。護衛騎士達も「テオドール様すごい!」とか「覚えが早い!」と褒めています。

 この方、できないことはないのでしょうか?

 一瞬、そう思ったものの、私はテオドール様の手を思い出しました。王都を出たときは、傷ひとつなかったのに、今は傷だらけです。

 それに、テオドール様と一緒の馬車で過ごしている私は、テオドール様が護衛騎士たちから教えてもらったことを事細かに書き残していることを知っています。

 だから、テオドール様はなんでもできる方なのではなく、きっとなんでもできるようになるまで努力ができる方なんですね。それは本当にすごいことです。

 釣りから戻って来たテオドール様は私を散歩に誘ってくれました。

「綺麗な場所を見つけました。ご一緒していただけますか?」
「もちろんです!」

 私をエスコートしてくれるテオドール様は、物語に出てくる王子様より素敵です。

「ここです」

 そうしてたどり着いた野原には、シロツメ草が咲いていました。

 その景色はまるで真っ白な絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたかのようです。

「わぁ……なつかしいです」
「なつかしい、ですか?」

 テオドール様の言葉にうなずきながら、私はシロツメ草の花を摘みました。

「小さいころ、このお花で冠(かんむり)をつくって遊んでいたんです」

 メイドたちはみんな簡単そうに作るのに、私はいつもきれいに作れないのです。大好きな遊びだったのに、いつの間にこの遊びをしなくなったんでしょうか?

「えっと、たしかこうして、こうして……あ、あれ?」
「なるほど。花を足しながら茎部分を編んでいき、大きな輪っかを作るんですね」

 私の手元を見ていたテオドール様は、器用にシロツメ草を編み始めました。

 そして「こんな感じでしょうか?」と、あっという間に花冠を作ってしまいます。

 なんて優秀な!?

 テオドール様から見たら、私なんて何もできなさすぎて幼児に見えているかもしれません。うつむいている私の頭に、テオドール様は花冠を乗せてくれました。

「シンシア様、とてもお似合いです」

 まっすぐ見つめられて、そんなに優しく微笑まれたらどうしたらいいのかわかりません。

 でも、田舎者で何もできない私がテオドール様を好きになるなんておこがましい。

 田舎者……。

 そういえば、子どものころにシロツメ草畑で、誰かに『田舎者のくせに生意気だ!』って言われたような?

『こんな何もないところに来て、お前と結婚してくれるやつなんかいない!』

 そんなことも言われたような気がします。

 あれは誰だったのでしょうか? 昔のことすぎて思い出せません。

 あのときはひどいと思いましたが、子どものころは自分が田舎者だと知らなかったので言われても仕方ないような気がします。

 テオドール様だって、バルゴアへ疲れを癒しに来ただけです。私に良くしてくださるのも恩返しをしてくれているだけなのに、よこしまな感情を向けられたら困ってしまいますよね。

「シンシア様?」

 落ち込む私の顔をテオドール様がのぞき込みました。うっ、テオドール様ってちょっと距離感が近いんですよね。心臓に悪いです。

「花冠以外の思い出はありますか? シンシア様の幼いころの遊びをもっと教えてください」
「えっと……」

 さすがテオドール様、知的好奇心が強いです。

 私はシロツメ草を一輪摘みました。そして、茎の部分を輪っかにしたあと、残った茎の部分を輪っかにぐるぐると巻き付けます。これで指輪の完成です。

 これなら簡単なので不器用な私でも作れます。

「テオドール様、左手を貸してください」
「はい」

 なんのためらいもなく左手が差し出されます。私はテオドール様の薬指に今作ったシロツメ草の指輪をはめました。

 そして、できるだけ低い声を出します。

「愛している。結婚しよう!……なーんて。こういう風に指輪をつくって結婚ごっこをしましたね」

 テオドール様を見ると、見たこともないくらい赤面していました。

「ど、どどど、どうされましたか!?」
「……いえ」

 テオドール様は左手を胸に抱えて指輪を隠してしまいます。

 もしかして、結婚に憧れでもあったのでしょうか?

 私がふざけて指輪をはめたから、初めての指輪交換を好きでもない私に奪われてひどくショックをうけているとか!?

「あ、あの、テオドール様? 大丈夫ですか? その、これは遊びで……」
「大丈夫です。理解しております」

 じゃあ、どうしてそんなに目がうるんでいるんですか!?

 うわーん、ごめんなさい!

「シンシア様。この指輪、いただいても良いでしょうか?」
「へ? あ、はい、どうぞ。引きちぎるなり、燃やすなりお好きに」
「一生、大切にします」
「え?」

 もうわけがわかりません!

 休憩の時間が終わったようで、護衛騎士が私達を呼びに来ました。

 馬車に戻ったテオドール様は、なぜかボーッと薬指にはめられたシロツメ草を眺めています。

 いつもは馬車の中で、楽しくおしゃべりをしているのですが、今は声をかけづらいです。私はそれほどのことをしてしまったのだと、罪の意識に苛(さいな)まれました。

 ごめんなさい! 田舎者が調子にのりました。遊びのつもりだったんです。本当に悪気はなくて!

 ああっ早くバルゴアに着いてください!

 私の願いを叶えるように、空は晴れ渡り、馬車を引く馬の歩みは早いです。

 窓の外には建物なんかありません。放牧された羊がモシャモシャと草を食べ、羊飼いの少年が馬車に向かって両手を振ってくれています。

 こういう光景を見ると、ああ、帰って来たんだなという気がします。

 バルゴア城が見えてきましたが、王都の美しいお城を見たあとだと、あれは城とは言えません。要塞です、要塞。

 私達を乗せた馬車は、いかつい門をくぐり要塞の中へと入っていきます。

 馬車が止まりました。

 まだボーッとしているテオドール様に、私は遠慮がちに声をかけます。

「着きましたよ」

 ハッと我に返るようなしぐさをしたテオドール様。

 それと同時に馬車の扉が開きます。

 テオドール様はいつものように、私を丁寧にエスコートしながら馬車から降ろしてくれました。

 指輪の件で怒っているわけではないようです。

 馬車から降りた私を、家族が迎えてくれました。

「シンシア、無事か!?」

 そういって一番に駈け寄ってきたのはお父様。

「ただいま――ぐぇっ!?」

 お父様の太い腕でぎゅうと抱きしめられた私はつぶれたカエルのような声が出てしまいました。そこに「シンシア―!」と言いながら兄も加わったので、窒息しそうになります。

 お母様がお父様とお兄様に私を離すよういってくれました。さすがお母様です。

「お帰り、シンシア」
「ただいま、お母様」

 私はテオドール様を振りかえりました。

「紹介します。こちらは、ベイリー公爵家のテオドール様です」
「お初にお目にかかります」

 テオドール様はお辞儀すらも優雅です。

「テオドール様は、私の……えっと」

 婚約者って言っていいのでしょうか? でも、それは王都から逃げるための口実だから、ここでは婚約者のふりをする必要はないのでは?

「えっと、その、お、お友達、的な? バルゴア領へは疲れを癒しに来られました」

 美しい兄嫁さまが「あらまぁ」と綺麗な声で驚いています。

 チラリとテオドール様を見ると、今にも倒れてしまいそうなほど、顔が青ざめていました。

「大丈夫ですか!?」
「お、おともだ、ち……? ただの、友達?」

 お母様は「婚約者ではなかったの?」と不思議そうです。お父様は「シンシアの友達なら、私達の大切な客人だ。歓迎しよう」と言いました。

 そんな両親の側を通り過ぎ、兄嫁様が近づいてきます。

「テオドール様でしたか? 少しよろしいでしょうか……あら?」

 テオドール様の顔を近くで見た兄嫁様は、驚きに目を見開きました。

 兄嫁様が「王女殿下の奴隷」とつぶやくと、顔をあげたテオドール様が兄嫁様の顔を見て驚きます。

「社交界の毒婦」

 その言葉を聞いた兄嫁様は、クスッとほほえみました。

「なつかしい呼び名ですわ」

 そして優雅に両手を広げます。

「テオドール様。ようこそ、この世の楽園へ。ここには私たちを苦しめる人は存在しません」

 その言葉を聞いたテオドール様は、今にも泣きそうな顔をします。

「でも、安心するのはまだ早いですわ。もう気がついてらっしゃると思いますが、バルゴアの方々は、恐ろしいほど恋愛ごとに鈍いのです。だから、必死に愛を伝えて、泣いてすがって、頼み込んだ末、私はなんとか結婚してもらえました」

 テオドール様は「あなたほどの方が?」と驚いています。

 こくりとうなずいた兄嫁様。

「なりふりなどかまっていられませんでしたわ! だって、他の人に取られたくないんですもの! あなただってそうでしょう?」

 テオドール様がゆっくりとこちらを振り返りました。

 私を見つめる赤い瞳は、なぜか真剣そのものです。

「たしかに、なりふりかまっていられませんね。私も他の人に取られたくない。絶対に、どんな手を使ってでも落としてみせます」

 そう言ったテオドール様は『もう疲れました』と言っていたようなうつろな目をしていません。

 赤い瞳はとても生き生きとしていたので、なんだかよくわかりませんが、私は『テオドール様をバルゴアに連れてきてよかった』と思いました。
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