【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~

08 テオドールなんていなくなればいい【第一王女アンジェリカ視点】

 テオドール達が夜会会場から姿を消したあと、しばらくすると私は父である国王陛下に呼び出された。

 そして、私の話を一切聞かず「クルトとの婚約は認めない。テオドールに謝るように。お前の婚約者にふさわしい男はテオドールしかいない」と言ってきた。

 お父様は、いつもそう!

 一方的に命令するだけで私の話なんて少しも聞いてくれない。私がどれだけ努力して、どれだけ苦しんでいるのか知ろうともしない。

 私は女王になんかなりたくないのに!

 だから、王妃であるお母様が二人目の子どもを妊娠したとき、私は弟が生まれることを期待した。だけど、生まれたのは妹だった。

 お母様は体がそれほど強くないから、これ以上の出産は望めない。

 妹が生まれた瞬間、私がこの国の次期女王になることが決定してしまった。

 周囲の人は私に多くのことを求める。私が自由に過ごせる時間なんて少しもない。それどころか「国王陛下は、もっと努力されていましたよ」なんてひどいことを言ってくる。

「立派な女王になるために」と人は言うけど、私は女王になんてなりたくないのよ! 

 無理やり押し付けられた婚約者のテオドールだってそうだわ。

 いつも陰鬱(いんうつ)な空気を背負っているし、愛想笑いのひとつもしない。口を開けば小言ばかり。

「王女殿下。この書類に目を通しましたか?」
「王女殿下、冷静にお考え下さい。その案では、多くの不利益が出てしまいます」

 テオドールが婚約者になってからというもの、私が何かをしようとしたら必ず止められた。

 仕事のことはもちろん、新しいドレスや宝石を買おうとしただけでも口をはさんでくる。

「王女殿下、今はドレスを作る必要はありません」
「お金なんて腐るほどあるじゃない! なんのための王族なのよ! こんなにも不自由な暮らしをさせられているのだから、せめてお金くらい自由に使わせてくれたっていいじゃない!」

 テオドールの眉が困ったように下がる。その陰気臭い顔が気にいらない。

「何度もご説明しましたが、王家の財産は王女殿下が自由に使えるものではないのです。これらは民から集めた税であり……」
「黙りなさい! 私をだれだと思っているの!?」

 怒りに任せて手に持っていた扇をテオドールに投げつけた。扇はテオドールの顔に当たり、ほほに傷を作る。ようやく黙ったテオドールを見て、私は胸がスッとした。

 テオドールを黙らせるには、こうしたらいいのね。

「気分が悪いわ。下がりなさい」
「しかし、王女殿下――」
「聞こえなかったの!?」

 テオドールは何か言いたそうな顔をしたまま部屋から出ていった。
 あの赤い目は、いつも私のことを見下している。

 お父様と一緒で、テオドールも私の話なんて聞いてくれない。そんなに私のやることが気にいらないんだったら、すべてテオドールがやればいい。

 私の仕事を全部押しつけてやったら、テオドールはそれで満足したようね。私に口うるさく言わなくなった。結局、あの男は私から仕事を奪って権力を手に入れたかっただけなのよ!

 テオドールに仕事を与えてやったあと、私はわずかな自由を楽しんだ。ドレスや宝石を好きなだけ買うことがそんなに悪いこととは思えない。

 他の貴族たちもやっていることじゃない。どうして私だけが責められないといけないのよ。どうせ、みんな次期女王としての私しか見ていないんだわ。どうして、私は王族に生まれてしまったのかしら。

 町娘にでも生まれていたら、こんな苦労をせずにすんだのに……。

 だれも本当の私を見てくれない。だれも私をほめてくれない。ドレスや宝石で着飾ってもむなしいだけね。

 そんなとき、テオドールの弟クルトにあった。

 クルトはテオドールと違って華やかで美しかった。いつも優しい笑みを浮かべて、私をほめてくれる。

「素敵だよ、アンジェリカ」
「君ほど素晴らしい女性はいない」
「いつもがんばっているね」

 ようやく本当の私を見てくれる人に出会えたと思ったわ。その証拠に、私とクルトはあっという間に恋に落ちた。でも、私にはすでにテオドールという形だけの婚約者がいる。

 私が女王になる未来は変えられない。だったらせめて、愛した人と一緒になりたい。クルトが側にいてくれるのなら、私はこのつらいだけの生活にも耐えられる。

 それなのに、お父様はテオドールの味方をして婚約破棄をさせてくれなかった。それどころか、テオドールに謝罪しろだなんてひどいことを命令する。

 私のことなんて、少しも愛していないのね。

 悲しみに暮れていると、クルトが私の部屋を訪れた。

「アンジェリカ」

 優しく私の名前を呼んで抱きしめてくれる。

「国王陛下はなんて?」
「テオドールに謝れって。私とクルトの婚約は認めないって」

 悔しくて涙があふれた。その涙をそっとクルトがぬぐってくれた。

「今、僕の父が僕たちの婚約を認めてくださるように、陛下に進言しているよ」
「ベイリー公爵が?」

 でも、お父様は一度決めたことを簡単に覆(くつがえ)すような人じゃない。

 いくらベイリー公爵が説得しても、テオドールがいるかぎり、私たちは幸せにはなれない。

「テオドールが、いるかぎり……?」

 そうだわ、テオドールなんかいなくなればいいのよ!

 そうすれば、お父様もクルトとの婚約を認めてくださるはず。

 私はだれもいない部屋の隅に向かって「そこにいるんでしょう? 出てきなさい」と命じた。

 部屋の隅からスッと人影が現れ、全身黒ずくめの小柄な者が床に片ひざをつく。

 この者は、王族につけられている特殊な護衛だった。名前はなく『カゲ』と呼ばれている。カゲはそれぞれの王族に一人ずつつけられていて、命がけで王族を守ることが役目だった。

 今まではめんどくさいことの後始末くらいしかさせたことなかったけど、気配が消せるカゲを使えばだれにもバレずに邪魔者を消すことができるんじゃないかしら?

 私はカゲにこう命令した。

「テオドールを殺して」

 カゲは何も言わない。そもそも今までカゲの声を聞いたことがない。

「聞こえなかったの? テオドールを殺しなさい。殺すまで帰ってこないで」

 カゲは小さくうなずくと、現れたときと同じようにスッと消えた。

 クルトが「護衛なんだろう? いなくて大丈夫かい?」と心配してくれる。クルトはいつだって私のことを一番に考えてくれるのね。

「いいのよ。だって、私にはクルトがいるから」

 クルトさえいれば私は幸せなの。愛するクルトにずっと側にいてほしい。

 この国のためになりたくもない女王になってあげるのだから、これくらいの願いは許されるべきだわ。
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