その婚約破棄、巻き込まないでください


 夜会前日。

 分不相応と叱られるのを覚悟の上、公爵家にアナベル様への面会を申し入れたところ、すんなりとお許しを頂くことができました。鳥ではなく、人間のミントなのにですよ。

 お部屋に招いてくださり、レナ様のときと変わらぬもてなしをしてくれながら「ごめんなさいね。今日は時間があまりとれないのだけれど」とアナベル様から謝られてしまいました。

「お忙しいのは存じ上げておりますので、どうぞ謝ったりなさらないでください。今日は、アナベル様にどうしても申し上げたいことがありまして。あの、ええと、まずジェームズ殿下のことです。個人的に何度かお話をする機会があったのは事実ですが、その内容は皆様が邪推なさっているような『殿下が婚約者以外の女に興味を示している』とはまったく違います。むしろ、殿下はアナベル様のことを気にかけていらしているご様子でした」

「そうなの?」

 不思議そうに聞き返されました。

(私も、盗み聞きするまでわからなかったんですから、この反応も無理ありませんね)

「殿下は、私がアナベル様に反感を抱いていないか、気になさっていたようです。正直に申し上げますが、私はアナベル様に対して悪い感情を持ち合わせておりません。むしろ感謝しています」

「それは……。私のやり方には問題があったのではと思っていたけれど、あなたの寛大さに感謝するわ」

 にこりと品よく微笑まれました。

(アナベル様、守りたいこの笑顔。額に入れて永遠に飾っておきたい、毎朝寝起きに拝謁したい……!)

 推しの笑顔を目の前に、強火が燃えそうになりましたが、いまは時間がないのです。
 それに、アナベル様は殿下の婚約者様なのです。

「殿下は、後先も考えずに私に対して根回しをしようとするくらい、アナベル様のことを大切に思ってらっしゃるようですが、アナベル様はいかがですか?」

 私の問いかけに、アナベル様は胸を張ってきっぱりとお答えになりました。

「思慮が足りないと思うわ。ご自身の行動が他人からどう見られるか、子どもではないのですからもっとよくお考えになるべきです」

 ああ~、ド正論。

(殿下はまだまだ少年時代を引きずってらっしゃいますね……! はやくアナベル様に追いつかなければ、隣に立つことができませんですよ?)

 不遜なことを考える私をよそに、アナベル様はそっと視線を流して、さりげない口ぶりで続けました。

「私は殿下を、以前より変わらずお慕い申し上げています。でも、殿下とはずっとぎくしゃくしていて……嫌われているのだとばかり思っていました」

 まさしく、すれ違いの現場に立ち会っていると気付いた私は、俄然力を得て叫んでしまいました。

「誤解です。誤解ですよぉぉ、アナベル様。お二人はきっと今からでも素晴らしい世紀のカップルになれること間違いなしです!! 少しのすれ違いなんてなんのその、そんなアナベル様に、私、今日、恋の秘薬をお持ちしました。どうぞどうぞ、おおさめください!」

 お慕い申し上げています、という恥じらいながら口にされた告白に焦りまくり、私は早口で用件をまくしたてました。
 アナベル様は軽く首を傾げ「恋の秘薬?」と呟いています。
 私はガラスの小瓶をテーブルに置いて、ご説明差し上げました。

「もし、殿下に対して今よりもう少しだけ素直に寄り添いたいとお考えでしたら、この薬をお使いください。少々意外な効果はあるかもしれませんが、後遺症などはありません。効力も夜会の終わり頃には切れますのでご心配なく。今晩、殿下はずっとアナベル様から離れることなく寄り添ってくださるでしょう。効果抜群、お約束します」

 お渡しするものを確かに渡して、人間のミントはドアから退室をしました。


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