EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「おい。し……美里?」
 苗字で呼んだって良いのに。
 少しだけ動揺した部長が、あたしをのぞき込む。
「……そう、ですよね。……主婦なんですよ……結局。彼女じゃなくて――……」

 ――”母親みてぇ”。

 それは――もう、恋愛感情は持てない、という事。

 すると、持っていたピーラーは部長に奪い取られ、まな板の上に置かれた。
「部長?」
「――……気にするな、と、言いたいところだが――まあ、まだ、無理なんだろう」
 そう言いながら、部長はあたしの肩を抱く。
 不意打ちで崩したバランスだが、支えられているので、倒れる事も無い。
 服越しでも、密着した身体は、一瞬で熱を持つ。
「――部長……?」
「――朝日だ、と、言っただろうが」
 寿和と対峙していた時に、耳元で言われた言葉を思い出す。
「家でまで役職呼びは勘弁しろ」
「……す、すみません」
「だから、タメ口で良い」
 自分は仕事の時のような口調のクセに。
 大体、いくつなんだ、この人。
 あたしは、恐る恐る今さらな疑問を口にしようとした。
「あ、あの……」
「――美里」
 ほんの少し、ムッとした口調で言われ、慌てて言い直す。
 でも、会って十日(とおか)かそこらの人間に、タメ口も気が引けるんだけど……。
「……えっと……あ、朝日、さん、って……いくつ?」
「は?」
 キョトンと返され、あたしは、思わず目をつむり、肩をすくめる。
 この数日で、反射的に怒られるような刷り込みになってしまったか。
「――バカ。怒ってる訳じゃない」
 あたしは、目を開けて部長を見上げる。
 部長は、至近距離であきれたように微笑んでいた。
 瞬間、心臓が役目以上に働いてくれ、血流が良すぎるほどに回ってくれる。
「え、えっと……」
「――三十五」
「え?」
「今年で、三十五だ」
「――え」
 明らかにあたしよりも年下に見えるこの男が――あたしよりも、七つも上⁉
「まあ、童顔なせいで、二回に一回は、年齢確認されるがな」
「ど、童顔にもほどがあるでしょ!」
「オレのせいじゃないからな」
 叫んだあたしに、部長は、砕けたように笑って返した。
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