EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「ああ、オレが運んだ」
「は?」
「やっぱり、女をソファで寝させる訳にもいかないだろう」
 当然、という顔をされ、あたしは、真っ青になる。
「え、ちょっ……何で⁉」
 あたしは、がく然とする。
 ――……ウソでしょ……‼
 思わず、口がポカンと、マヌケに開いてしまう。
「――何だ、何か文句でもあるのか」
「あっ……あるに決まってるでしょっ!」
 反射で怒鳴ってしまう。
 家主をソファで寝かす訳にはいかないから、あたしが寝るって言ったんでしょうに!
 だが、部長は、あっさりと言った。
「別に、気にするほど重かった訳ではないぞ」
「――もういいっ!」
 この朴念仁!
 女云々言うなら、体重の事なんて口にするな!
 あたしは、半分キレ気味に自分の部屋に駆け込むと、すぐに、かけていた仕事用の服に着替える。
 ――ああ!ヤバイ、スッピン‼
 我に返ると、タオルを持って、そろそろと部屋から出る。
 そして、洗面所へダッシュ。
 その間、どうしてもキッチンは通ってしまい、テーブルに並べられている食事が目に入る。
 どこぞの旅館の朝食か、と、突っ込みたくなるほどに凝ったそれに、あたしは一瞬足を止めた。
「何だ、先に食べるなら、メシは盛っておくぞ」
「いえ、大丈夫です!部長は、先に行かれるんですよね⁉」
 万が一でも、同時に出勤なんて、たまったもんじゃない。
 部長は、苦笑いでうなづくと、カードキーをあたしに手渡す。
「たぶん、お前の方が帰りは早いだろうから、オレの分を渡しておく」
「え、で、でも」
 戸惑うあたしに、部長は淡々と返した。
「予備は、管理会社に依頼してある。帰りに警備員から受け取っておくから」
「え」
「あと、友人の家に荷物を取りに行くのは、オレが帰って来てからにしろ。今日は、早目に上がるつもりだ」
「――え」
 そう言い残し、部長はさっさと玄関から出て行く。

 ――え、ちょ、ちょっと待って!

 何それ、同棲みたいになってない⁉
 ルームシェアって言ったよね⁉

 けれど、今、自分がお試しとはいえ、部長の彼女という立場を思い出し、手渡されたカードキーを見つめてしまう。

 ……あたし、一体、どういう立場でいれば良いんだろう……。

 頭を悩ませ数分。出ない答えに見切りをつけると、時計は既に七時四十五分を過ぎている。
「――ぎゃあっ……!ち、遅刻しちゃう‼」
 あたしは、慌てて洗面所に駆け込み、支度とメイクを終えると、テーブルに並べられた朝ごはんを見やる。
 ……どうしよう。
 もう、食べている時間も無いけど……もったいないから、お昼にさせてもらおうかな……。
 そんな事を考え、手を伸ばそうとし、視界に入ったお弁当らしきものに一時停止。
 そのそばには、お前の分、と、付箋でメモがついていた。

 ――え?

 恐る恐る水色のナフキンに包まれたそれを開けると、中は見事な配色のお弁当。
 箱は大きいけれど、量はそこまで多くない。
 たぶん、自分用の予備か何かだろう。
 女性には大きいその箱を、苦肉の策で、おかずの種類を増やす事で埋めているようだ。

 ……マジか、あの男。

 何だか、自分の仕事が奪われたような敗北感を覚えるが、すぐに立て直す。
 テーブルの上の食事を冷蔵庫に片付け、お弁当はバッグに入れる。
 ――今は、あれこれショックを受けている場合じゃない。
 あたしは、すぐに玄関を飛び出す。
 カードキーは、失くさないようにバッグの内ポケットに入れて、ファスナーを閉めた。
 そして、ダッシュで飛び込んだ電車に揺られて十五分。
 どうにか、始業時間に間に合ったのだった。
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