EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「――すみません。嫌じゃなかったら、あたし、やりましょうか」
「――え」
 座りながら、あたしはシミ抜きの準備をする。
 ティッシュを取り出し、彼を見やると、真っ赤な顔をして見返された。
「いえ、あの……初対面の女性に、そんな事をさせる訳には……」
「構いません。会社員の方でしょう?汚れたYシャツじゃ、仕事に影響しますよ」
 あたしの言葉に、少し黙ったが、彼はうなづいてくれた。
「……じ、じゃあ……お願いします。……実は、結構、大口の相手なので、ちょっと緊張してて……」
「そうですか。じゃあ、なおさら、きちんとした姿でいないとですね」
 言いながら、あたしは、失礼します、と、彼のYシャツに手をかける。
 さっと汚れを拭き取り、薄くなったコーヒーの茶色のシミに、シミ抜き剤を叩き込んでの繰り返し。
 五分くらい続けていると、どうにか、ほとんどわからないレベルまでに落ち着いてくれた。
「良かった。後は、帰ってから、ちゃんと洗ってくださいね」
「え」
 キョトンとしている彼に、あたしは眉を寄せた。
「……え、って……洗濯くらい、しますよね……?」
「あ、ええ、まあ。でも、Yシャツは、そんなに着る機会も無くて、クリーニング出してますが」
 あたしは、がく然としてしまう。
 Yシャツをクリーニング⁉
 家で洗えるのに⁉
 感覚の差に、思わず口がポカンと開いてしまった。
 すると、彼は、困ったように微笑む。
 その表情はちょっと可愛く、幼くて――もしかして、新卒なのかも。
「でも、ありがとうございます。本当に助かりました」
「え、ああ、大した事でもないので」
 あたしは、そう返し、待合室を出る。
 そして、スマホを取り出して時刻を確認し――青くなった。

 ――……ああ……完全に遅刻だ……。

 もう、既に時刻は八時五十分を過ぎた。
 駅からは徒歩五分ほどとはいえ、社屋に入って、支度をすれば九時始業では間に合わない。
 あたしは、大きくため息をつき、半ばあきらめ加減に駅を出た。


「――白山、遅刻の理由は」

「……申し訳ありません。……私用です……」

 総務部にたどり着いたのは、それから十五分後。
 完全に遅刻のあたしが、部屋に入った途端、部長に視線で呼びつけられた。
 小さくなっているあたしを見やり、ため息をつく。
「――まあ、良い。後で始末書を上げろ」
「え」
「一回くらいと思われたら、たまったもんじゃないからな」
「――……承知しました」
 あたしは頭を下げると、自分の席に着く。
 そこかしこから、うかがうような視線を感じるが、あたしはそのまま自分のパソコンをにらみつける。

 ――ちゃんと、悪いと思ってるのに!
 始末書って何よ、始末書って!

 あたしは、全社員利用可能な書式フォームのファイルを開き、リストを下までスクロールさせた。
 下から三番目にあった、始末書フォームをダウンロードすると、たたきつけるようにキーボードを打ち、十分で仕上げてプリントアウトする。
 誤字脱字チェックもそこそこに、部長の机に、たたきつけるように出した。
「――早いな」
「それは、どうも、ありがとうございます」
 部長がマウスから手を離し、あたしの始末書を受け取ろうとした瞬間、入口近くの席の子から、声をかけられた。

「白山さん、ライフプレジャー社の方がお見えです」

「あ、ハ、ハイ!」

 あたしは、顔を上げ、入口を見やり――。

「「あ」」

 お互いに、ポカンと見合う。

 目の前にいたのは――先程、あたしがシミ抜きをしていた、あの彼だった。
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