EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.12

 駅の改札を出て、もう、目の前には、未だに気後れするマンション。
 けれど、叩かれた肩の感触に足が動かない。

 ――……まさか……寿和?

「やっぱり、白山さんでしたね」

 おびえるように振り返る前に、名前が呼ばれた。
 目の前には、今朝と同じように、幼い笑顔の――

「……た……高根さん……」

 そう脳内で認識したにも関わらず、あたしの身体は無意識に震えていた。
 それに気づいたのか、高根さんは、気まずそうに笑った。
「すみません、驚かせてしまいましたか」
「え、あ、いえ……そういう訳じゃ……」
 あたしは、慌てて首を振る。
 彼は、苦笑いしたまま続けた。
「僕も、最寄り駅、ここなんです。白山さんもなんですね」
「え、ええ」
 あたしは、うなづきながら返す。
 ――……とりあえず、寿和ではなかった。
 もう、あたしの中で、あの男は過去の人間で――でも、まだ、過去になり切れていないのだ。
 すると、高根さんは、ちょっと口ごもりながらも、あたしに言った。
「あの……お時間あれば、コーヒー、ご一緒にいかがですか。朝のお礼と言っては何ですが……」
「え」
 あたしは、一瞬、返答に詰まる。
 コレは――OKな範囲なんだろうか。
 取引先の人間と親しくなるのは、悪い事じゃないとは思うけれど――どこまでが許されるのか、判断に迷う。
 高根さんは、そんなあたしの表情を見やり、気まずそうに続けた。
 どうも、人の感情に敏感なようだ。
「あ、や、やっぱり、ご迷惑でしたよね」
「え、いえ、あの……」
 ここでスッパリと断ってしまったら、今後に影響してしまうかもしれない。
 そう思ったところで、思い出した。
「あ、あの……帰り際にメールを送ったんですが……」
「え?」
「今日、お願いした企画の見積が欲しいと、上司に言われまして――。明日、お電話するつもりだったんです」
 あたしの言いたい事がわかったのか、高根さんは、ニコリと返してくれた。
「じゃあ、ちょうど良いんで、そのお話、今、しましょうか」
「ハ、ハイ!」
 これで、正当な理由ができた。
 高根さんの申し出を無下にもできないし、かと言って、完全にプライベートでは困ってしまう。
 あたしは、ホッとしながら、駅前のコーヒーショップに、彼と一緒に入って行った。
 いつも、素通りするそこは、有名な全国チェーン店。
 中に入ったあたしは、一瞬、勝手がわからず、キョロキョロとしてしまう。
 そんなあたしに気づいたのか、高根さんが声をかけた。
「そちらで待っていてください。僕が持って行きますから。――何が良いですか?」
「あ、えっと……」
 チラリとメニューを見やるが、それだけでは、何が何やらだ。
 あたしは、高根さんを見上げて言った。
「……お、お任せします」
 すると、彼は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑ってうなづいてくれた。
「わかりました。僕のおすすめ、持って行きますので」
「お願いします」
 あたしは、なるべく窓側を避けるように、店内の奥の二人掛けに座った。
 一応、後ろめたい事はしていないはずなんだけれど。
 そう思いながら、店内を改めて見回す。
 あたしには、今まで、まったく縁の無かったところ。
 ――昔、歴代の元カレと一緒に入ったのは、みんな、こんなオシャレなところではなくて、ファミレスくらいだったな。
 最初から数回、ファミレス。
 それからは――もう、ラブホに直行。
 そして、最後は、母親のように、彼等の部屋で身の回りの世話をし続け――気がつけば、レスで浮気されて終わり。
 ――改めて考えたら、都合の良い女にも程があったわ。
 あたしも、恋愛に慣れていた訳じゃなかったから、チョロく見えていたのかもしれない。

 ――……でも――……あたしが必要だって言ってくれたから……。
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