EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 息切れをしながら、二人で挨拶をしながら部屋に入ると、全員の視線が集中してきた。

「――……申し訳無い。……少々あって、遅くなりました」

 入ってすぐに、朝日さんは、頭を下げる。
「――そろそろ、気が緩んできましたかね」
 一課の川田課長が、苦々しく言えば、
「い、いやいや、部長、気にしないでくださいよ。ギリギリで間に合ってますし」
 二課(ウチ)の和田原課長が、すぐに間に入ってくれた。
「それよりも――白山くん」
「あ、も、申し訳ありません」
 部長よりも、あたしに非難が来るのは当然だ。
 だが、和田原課長は、違う、と、首を振った。
「さっき、社長の方から、進捗状況を尋ねる内線があってね。明日までに企画書上がりそうかな?」
「――し、承知しました」
 あたしは、背筋を伸ばす。
 ――プレッシャーに押しつぶされそうな感覚だけど、やるしかない。
 せっかく、高根さんが、あんなに一生懸命説明してくれたんだから、あたしがちゃんと伝えなきゃ。
 朝日さんは、そのまま自分の席に着くと、すぐに仕事に手をつける。
 あたしは、チラリと見やり、自分の席に着いた。

 ――今は、仕事に集中しなきゃ。

 ――……あたしが、任せられたんだから。

 大きく息を吐くと、若干、平衡感覚が揺らぐ。
 けれど、そのまま、あたしはクリアファイルを取り出すと、昨日のメモを見ながら、企画書を作り始めた。


 いつの間にか、お昼のベルが鳴ったようで、部屋を見回せば誰も残っていない。
「……あ、そう言えば……お昼、持って来てないわ」
 思わずこぼしてしまったが、その原因を思い出し、顔が熱くなった。

 ――ていうか、朝日さんが悪いんだから!

 チラリと元凶の席を見やれば、既に空席。
 ふてくされながらも、あたしは、パソコンをスリープ状態にした。
 ……社食行くのもな……。
 正直、そのお金も節約したいのだ。
 寿和と別れたと言っても、費やしたお金が戻ってくる訳ではない。
 これから先を考えたら、やっぱり、貯金はしなくては。
 ……いっそ、お昼抜きにしようかな……。
 途中でお腹が鳴りそうなら、席を立ってトイレに逃げ込もう。
「――それでいいか」
 そう、自分の中で完結したのに。

「美里……昼メシ、買って来たぞ」

「え」

 声のする方を見やれば、朝日さんが、息を切らしながらビニール袋をかざしていた。
 急いで、会社のすぐそばにあるコンビニに行って来たようだ。
「え、いえ、あたし……」
「昼抜きで良い訳無いだろうが」
 考えが見抜かれてしまい、思わず、肩をすくめた。
 そんなあたしにかまわず、彼は、後ろのテーブルに買って来たものを並べ始める。
 お弁当に、サンドウィッチ。おにぎりに、デザートなのか、プリンまである。
「お茶かコーヒーか悩んだから、どっちも買って来た」
「え、あの、朝日さ……」
 ポロリと口から彼の名がこぼれ、あたしは、慌てて手でふさぐ。
 だが、彼は口元を上げただけだった。
「――原因はオレだろう。いいから、選べ。コレは、お前にやる」
 そして、そう言いながら、あたしの方へプリンを移動させる。
 ……まあ、否定はしないけど。
 あたしは、気まずくなり、視線を逸らした。
 ――アレは、あたしだって拒まなかったんだから、お互い様なのに。
「美里、早くしろ。時間が無くなる」
「で、でも……」
「他の人間が戻ってくるぞ」
 あたしは、言葉に詰まり、渋々席に着くと、目の前のサンドウィッチと、コーヒーを手にした。
「……後で、お返ししますので」
「必要ない」
「でも」
「いいから」
 そう言って、朝日さんは、幕の内弁当のフィルムを開け始めた。
 あたしも、仕方なしに手を付け始める。
「……ありがとうございます……」
 一応、お礼だけは言っておかないと。
 すると、朝日さんは、あたしに優しく微笑むと、口を開いた。

「――なあ、今週末、デートするか?」

「え?」

 不意打ちのように尋ねられ、目を丸くして固まった。
「……忘れていたな。……仕切り直し、って言っただろ」
 そんなあたしの反応を見て、拗ねたように朝日さんは言う。
「……すみません……」
「で、返事は?」
 視線が合い、少しだけ気まずくなったが、うなづいた。
「――……ハイ」
「じゃあ、詳しい事は、また後でな」
 朝日さんは、そう言うと、機嫌良く食事を進める。
 そんな彼を見て、胸の奥がむずかゆくなってしまう。
 ――何だか、本当に学生のよう。
 何もかも初めてなんだろうか。
 年上なのに、あたしよりも子供のような表情(カオ)を見せる朝日さんを、何だか可愛く思えてしまった。
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