距離、30cm

出会い

駅のホーム

いつもと代わり映えない夕方

疲れ果てたサラリーマンや短いスカートを履いた女子高生たちが目の前を通り過ぎていく

鈴は後数分もすれば来る電車を、今日は座って待ってみようか、と思い立った

普段はホームの柱に寄りかかりながら、意味もなくスマホを触っているだけだが、今日はなんとなく座りたい気分になったのだ

青いプラスチック製のベンチに腰を下ろしてみる

思っていたよりも心地が良かった

周りの人は疲れていても、何故か意地でも張っているように立ちっぱなしで電車を待っているので

鈴は座っている自分に優越感にも似たものをふつふつと感じていた

座ったところでやることが無いのに変わりはないので

鈴はスマホをいつものように意味もなく開いた

その時、階段から降りてきた青年が鈴の隣に座った

隣と言っても、鈴はベンチの右端に座っていて

青年はその反対の左端に座ったので距離は随分と離れているのだが


鈴は人見知りだ

そのせいもあって男性というものにまるで耐性がなかった

ただ同じベンチに男の人が座っている

その事実だけで鈴は耳が熱くなる

スマホを見ているふりをして、鈴は隣の青年に目をやった

鈴と同じ高校の制服を着ている

ブックカバーがかけられた本を細くも男性らしさのある角張った指で丁寧に鞄から取りだし

優しい手つきでめくり始めた

いかにも好青年といった顔つきで、まつ毛が長い

青年に見とれていると、電車が来たようで青年が本を閉じ、立ち上がった

鈴も慌てて立ち上がる

他人をジロジロと見てしまって、失礼なことをしてしまったと、鈴は心の中で反省した

不意に、鈴の足元に青色の栞がフワリと落ちてきた

あの青年のものだ

青年は気づかずに電車に乗りこんでしまったらしい

鈴は青年を追って電車に乗ると、乗り口のすぐそこに青年は立っていた

「あっあのう...」

鈴は緊張しつつ青年に声をかける

「はい?」

「これ落としましたよね...?」

鈴の手にある栞を見て、青年ははっと目を見開いた

「うわあ、ありがとうございます!

落としたの全然気づきませんでした」







これが、氷室くんと鈴の出会いだった
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