破滅したくない悪役令嬢がヒロインと共闘した結果、なぜか溺愛されました〜転生者が自分だけとは限らない〜
 私は由緒正しい公爵家の令嬢、ローズ・シャルダン。ちょっと前世の記憶があるけど、そこそこ普通の令嬢をしている。

 前世では我がまま妹にすべてを奪われ、親からも姉なのだから、と我慢させられた日々。
 けど、生まれ変わって、その生活からも開放!

 私が生まれ変わった公爵家は、貴族の中でも王家に次ぐ高位。貴族社会の面倒な礼儀作法や権力争いはあるけれど、妹がいないだけで私の気持ちは安定! 盗られる心配をしなくていい生活最高!

 それに、私はこの世界のことをよく知っている。

 私の好きな食べ物から服、アクセサリーから彼氏まで、すべてを奪ってきた妹が、面白くないと私に唯一返却したゲーム。


『キラキラ☆学園パラダイス』


 妹に盗られる心配なく、やり込むことができた。
 ヒロインが学園生活をおくりながら王子や宰相の息子など攻略キャラと仲良くなり、最後は告白エンド。

 王道なんだけど、とにかく絵柄と声が好みド直球。中でもヒロインが秀逸。あんなに華麗で綺麗で美麗で、儚さの中に筋が通った強さがあって。
 とにかく美しかった。

 ヒロインが登場するすべてイベントを回収するために、ひたすらやり込んだ。妹に盗られる心配もない、このゲームは私の癒やしだった。

 そこからグッズを買い漁り、二次創作沼にはまり、自作の小説本まで出した。徹夜でギリギリまで作業して、フラフラ状態でイベントに参加して、大量の戦利品を抱えていたら、事故に巻き込まれて死亡。
 あの戦利品たちがどうなったのか、それだけが気がかりだったけど、どうしようもない。

 それよりも、問題なのは今。

 私はそのゲームの悪役令嬢というキャラに転生していた。前世の記憶を思い出したのは最近だけど。この明るい金髪に鋭い緑の瞳。しっかりとした目鼻立ちの顔は間違いない。

 ただ、あの時は自分の立場そっちのけで、周囲にいる攻略キャラたちを観察しまくった。あの憧れのキャラたちが! 目の前で! 自由に! 動いている!

 これが興奮せずにいられるだろうか? 否! 私には無理だった。

 その結果、攻略キャラたちから蔑むような視線を向けられるようになる。それも自分の行動が招いた結果。仕方ない。

 ただ、攻略キャラたちを観察して分かった。

 これはゲームだけど、ゲームじゃない。現実。私が今生きている世界。
 だからこそ、真面目に生きないといけない。決して攻略キャラたちを見飽きたからではない。美人は三日で飽きるというけど。

 それから私は頑張った。公爵家の令嬢としての知識、教養、礼儀作法。すべてを完璧にこなせるように。


 あの、バカ王子が現れるまでは。


 病弱とかなんとかで、ずっと城にこもっていたこの国の第一王子。すなわち王太子殿下。ゲームでもヒロインと結ばれる確率が高く、イベントも多い。
 その王太子殿下が病気が治ったから学園へ通うというのだ。

 城の外のことを知らない王太子殿下。学園では我がまま放題、いろいろやらかしてくれた。ゲームでは、もっとちゃんとした王子様キャラだったのに。

 私は公爵家としてと時々忠告をしていた。すると、いつの間にか周囲から婚約者扱いに。

 待って! 婚約って親が決めるものでしょ!? なんで勝手に婚約者って決めつけられているの!?
 これで、もしヒロインが入学してきたら……ゲーム通りにイベントが進んだら……

 私はラストで断罪されて国外追放もしくは処刑される!?

 それだけは避けなければ。ゲームが始まるのは学園を卒業する一年前、ヒロインの入学式から。で、断罪イベントは私と王子の卒業式。
 もし、ゲーム通りの展開になるなら、この一年間でどうにかしないといけない。

「まずは入学式でヒロインと王子が出会うイベントが起きるか、どうか。そこを確認しないと」

 私は学園の門が見下ろせる生徒会室の窓の席に座っていた。初々しい新入生が続々と門をくぐる。

「ヒロインの姿はないわね」

 ここは攻略キャラとヒロインが初めて出会うイベント。遅刻しかけているヒロインが王子とその取り巻きにぶつかる。

「……そろそろ、かしら」

 王子が宰相の息子と元帥の息子を連れて歩いている。そこにパンをくわえたヒロインが走ってきた。
 その姿はゲームで見た、男爵令嬢リリィ・バーロットそのままで。

 私は思わず立ち上がり、窓にへばりついた。

「やっぱり可愛いぃぃぃぃぃ!」

 淡いピンクゴールドのサラサラヘア。紫水晶のように輝く大きな瞳。高すぎない鼻に桃のような唇。それが、最高の配置で小さな顔におさまって。

「あぁ、もう! あんな小さな口に大きなパンをくわえた姿! 最高すぎ! もっと近くで見たいぃぃぃぃ!」

 生徒会室には誰もいない。私は声をあげて叫んだ。窓にへばりついた私の眼下でヒロインが王子と盛大にぶつかる。

「あぁ、やはりイベントが起きてしまったわ……」

 予鈴が鳴り、リリィが素っ気なく立ち上がって駆けていく。その後ろ姿を興味深そうに見送る攻略キャラたち。

「こうなりましたら、私のやるべきことは一つ!」

 ヒロインの学園生活をサポートしつつ、私のバッドエンド回避!

 この学園は基本的に高位貴族。公爵、侯爵、伯爵の家柄である子息令嬢が集まり学ぶ。稀に成績が良い人が他の学校から引き抜かれることがあり、リリィはそのケースだった。
 ただ、男爵令嬢であるリリィは高位貴族の礼儀作法を知らない。そのため、ただでさえ浮いている存在がますます浮いてしまう。

 そこに攻略キャラたちが集まりイベントが発生する。

 ならばリリィが浮かないようにサポートしつつ、イベントのフラグを折れば、卒業式の婚約破棄や断罪イベントも発生しない。ノーマルエンドになる。

 ただし、このノーマルエンド。無茶苦茶難しい。フラグをほとんど叩き折らないといけない。

 最初のパンをくわえて王太子殿下こと、カメリアとぶつかったイベント。これはオープニングなので回避は不可。
 でも、残りのイベントは徹底的に邪魔をしないと。

「今日から一年、死ぬ気で頑張りましょう」


 こうして、誰も知らない私の戦いは始まった。


 まずはリリィの行動把握。リリィのクラスの授業計画は入手済。あとは男爵令嬢であるリリィが知らなそうなことをピックアップして、さり気なく教えられるように手配。あとは、たまに私自身が動く。

 決してリリィを近くで見たいという欲望からではない。でも、せっかく同じ学園内にいるのだから、側に行きたいし、匂いも嗅いでみた…………ごほん、失礼。

 そんなことをしながら、同時にカメリアたち、攻略キャラたちの動きに目を光らす。幸いなことにリリィがいる学舎と、攻略キャラがいる学舎は別。
 なので、少しでもリリィがいる学舎に行く様子があれば、邪魔を差し向ける。もしくは、私自身が邪魔をしに行く。

 そんな私の動きに気がついたのか、攻略キャラたちの動きが変わってきた。リリィが移動する時を狙うようになっている。

 これには私もすぐに対処できなかった。

 私がいる学舎からリリィの動きは見えない。なのに、攻略キャラたち(主にカメリア)は、まるでリリィの行動を知っているかのように先回りする。

「今はなんとかフラグを全部折れてるけど、このままだと難しいし、協力者が必要ね。あと、ノーマルエンド以外で私が助かるルートがあれば…………って、あるじゃない!」

 思わず立ち上がってしまった私は他の生徒たちから視線をあびた。

「失礼」

 私は扇子を広げ、顔を半分隠して廊下へ出る。

「念の為、このルートも作っておきましょう。でも、どうやってリリィとあの人(・・・)を出会わせるか……」

 またしても頭を悩ませることになった私は、裏庭をうんうん唸りながら歩く。すると、花壇を前にして悲しげにうつむくリリィを発見。

「あぁ、憂いをおびたリリィも素敵。でも、リリィっていつも無表情なのよね。ゲームだと表情豊かだったのに。まるで、なにかに緊張して感情を隠しているみたい」

 観察しているとリリィが突然、乱暴に服の袖で顔をこすった。

「そんなことをしたら、可愛い顔に傷が!」

 私は思わず飛び出し、ハンカチを差し出していた。

「袖で顔を拭くなんて、はしたない。コレを使いなさい」

 ハンカチを無視したリリィが無言で私を見つめてくる。

 同じ視線の高さにドキリと胸が跳ねた。画面越しに見ていた、あの可愛らしい顔が真正面にある。しかも、真剣な顔なのに、愛らしい……って。
 それよりも、リリィって意外と背が高い? 小柄かと思っていたけど、ひょっとして私より背が高いかも? いやいや。そういう場合じゃなくて!

 動かないリリィに、私は訊ねた。

「どうかなさったの?」
「い、いえ。なんでもありません」

 微笑みながらリリィが視線で私を睨む。
 まるで小動物が警戒しているみたい。ここは某アニメ映画のように指を噛ませて、怖くないって態度で示さないといけないかしら?

「どうぞ」

 私はハンカチをさげ、左手をリリィの顔の前に差し出した。しかし、リリィは噛みつくどころか、引きつり顔で半歩さがる。

「あ、あの?」
「噛んでください」
「か、噛む!?」
「えぇ。私は敵ではない証明です」
「あの、それがどうして証明になるのですか?」

 私は扇子で顔の半分を隠して微笑んだ。

「たとえ血が出ようとも、噛みちぎられようとも、私は動かず耐えてみせましょう」
「それで、敵ではない証明をする、と?」
「そうよ」

 それにリリィに噛まれるのよ! むしろご褒美でしょ! あ、これご褒美イベントだった!?

 私はリリィが指を噛む瞬間をドキドキと待った。いや、早く噛んでくれないと心臓が期待と喜びで持たない。
 そんな私にリリィがポカンとした顔になる。

「どうかなさいました?」
「あの、本気ですか?」
「当然でしてよ」

 リリィが紫の瞳を丸くした後、口元をおさえて笑った。それは、それは面白そうに。破顔して。

 こんな活き活きとしたリリィの顔は初めて見た!

 不思議な興奮を感じながらも、私は根性で平静を装う。本当は叫びたい。今すぐにでも、心の底から雄叫びをあげたい。

 大笑いしたリリィが目元の涙を白い指で拭った。

 その美しさに、光が! 後光が! いや、リリィ自身が発光してる!? これ、現実!?
 スクショ! スクショ場面でしょ! あぁ、心の目に焼き付けるしかないのが、もどかしい!

 うずく私にリリィが困ったように微笑んだ。

「証明する必要もありません。ローズ様はいつも私が困っているところを助けてくださいましたから」

 え? 噛んでくれないの?

 気落ちしたところで、リリィが次の爆弾を落とした。

「少し悩んでいることがありまして」
「悩みですの? どのような?」
「それは……相談したらローズ様のご迷惑に……」

 リリィからの相談が迷惑!? いや、ご馳走の間違いでしょ!

 私は乗り出しかけた身を押さえ、周囲を確認した。人影はないが、いつ誰が通るか分からない。

「誰にも聞かれなくない内容かしら?」
「はい」

 リリィの真剣な顔。相当、深刻な内容っぽい。それに、学園生活は残り半分。カメリアたちの動きも大きくなってきたし、ここで私も保険をかけておきたい。

 私はパンッと扇子をたたみ、提案した。

「今日、これから予定はありまして?」
「ありません。家に帰って勉強するだけです」
「まあ、勤勉でよろしいこと。でも、たまには息抜きも必要だと思いません?」
「いき、抜き?」
「我が家で一緒にお茶をしましょう」

 リリィが驚いた顔になる。学校では無表情が多いリリィの貴重なビックリ顔! ごちそうさまです。

「そ、そんな!? 私などがローズ様のお屋敷に!?」
「あら、お嫌?」
「そ、そのようなことは……」
「では、いきましょう。高位貴族のお茶会の勉強にもなりますわよ?」

 勤勉なリリィは勉強という言葉にハッとしたような顔になり、控えめに頷いた。

「ありがとうございます」

 あぁ! もぅ! なんて可愛らしいの!? もう、可愛らしい以外の言葉が出てこない! 語彙力消失!
 リリィの存在が尊すぎ! 攻略キャラは三日で見飽きたけど、リリィは飽きるどころか、いつまでも見ていられる!

 なぁーんて感情は一切出さず、私は自家用馬車でリリィとともに屋敷へ帰宅した。

「おかえりなさいませ」

 ずらりと並び頭を下げる使用人。そのうちの一人、執事長が私の前に進み出る。

「友人のリリィ・バーロット嬢よ。失礼がないように。あとサロンにお茶会の準備を」
「かしこまりました」

 この間に、メイドたちがリリィを囲んでいた。突然のことにリリィが顔を強張らせて下がる。
 私はリリィが高位貴族の慣習を知らないことを思い出し、指示を出した。

「リリィのボディチェックはしなくてよろしくてよ」

 私の一言でメイドたちの動きが止まる。私は改めてリリィに説明した。

「驚かせて、ごめんなさい。高位貴族は命を狙われることが多くて、来客はボディと荷物のチェックをする決まりなの。申し訳ないけど、荷物の確認だけさせていただけるかしら?」
「それなら、どうぞ」

 リリィがホッとした様子で持っていたカバンを差し出し、メイドが素早く中身をチェックをしていく。

 本当はリリィの私物を他の人に触らせたくない。ボディチェックなんて、もっての外。あの神聖な体をメイドだろうが、同性だろうが、何人たりとも触れさせたくない。
 しかし、公爵家という家柄のため、荷物のチェックだけは必須。あぁ、リリィの荷物をあんなに触って! なんて羨ましい!

 心の中で叫び、怨嗟の念を送る。荷物のチェックを終えたメイドがナニか感じたのか、青い顔でリリィにカバンを返した。

「こちらにいらして」

 普段なら執事が案内するところだが、リリィと過ごせる貴重な時間を一分、一秒も無駄にしたくない。

 私は直々にリリィをサロンへ案内した。

 サロンは中庭が一望できる、ガラス張りの小部屋。焦げ茶の木枠が大木のように伸び、ゆったりと半円形を描く。高い天井には空を連想する青いタイル。
 メイドがティーセットを並べ、カップに紅茶を注ぐ。

「おかけになって。お砂糖はいくつ?」

 リリィが優雅に椅子に座る。一つ、一つの動きが麗しい。これ、すべてにエフェクトがかかってない!?

「あの、砂糖はなしで」
「もしかして、甘いモノは苦手ですの?」
「いえ、そのようなことは……」

 リリィが曖昧に微笑む。ゲームだと甘いモノ好きな設定だったけど、もしかしたらこの世界(・・・・)では違うのかも。

 私は控えていた執事に囁くと、リリィの方を向いた。

「そんなに緊張なさらないで。まずは、紅茶をお飲みになって」
「ありがとうございます」

 リリィがカップを手にする。白い陶磁に描かれた鮮やかな赤いバラ。縁は金で装飾され、リリィの華麗さを引き立てる。

 なんていう至福の一時。最高の一瞬。

 うっとりとしてしまう私とは逆に、リリィが決意したようにグッと紅茶を飲んだ。

「……おいしい」

 きょとんと丸くなった目。純粋に紅茶の美味しさに感動している。

「お口に合いまして?」
「はい」
「それは良かったわ」

 リリィに喜んでもらえた。顔がニヤける。いけない、いけない。こんな顔、見せられない

 私は慌てて扇子を広げ、顔を半分隠した。

 そんな私をリリィが見つめてくる。もしかして、ニヤけ顔を見られた!? そんなぁぁぁ! もし、リリィに蔑むような目で見られたら……それは、それでオイシイかも。って、それより!

「ところで、ご相談とは、どのようなことかしら?」

 リリィが持っていたカップをそっと置く。

「実はあの、カメリア王太子殿下について……」
「カメリア王太子殿下が、どうしたの?」
「私の思い過ごしかもしれませんが……」

 リリィから聞いた内容はカメリアの見事なストーカーぶりだった。

 始めは穏やかに耳を傾けていたが、後半は怒りを抑えるだけで精一杯。学園の生徒を使ってリリィの行動を把握していたなんて。しかも行く先々で現れるなんて、立派なストーカーよ! 私がやりたいぐらいなのに!

 どうにかすべての話を黙って聞いた私は最後にパシッと扇子を閉じた。

「よぉぉぉぉぉく、わかりましたわ。こちらで即対処させていただきます」
「え? 本当ですか?」

 驚くリリィに私は軽く頭を下げる。

「リリィには不快な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ないわ」
「謝らないでください。ローズ様が悪いわけではありません」
「いえ、これは私の失態。カメリア王太子殿下の行動には気をかけていたのに」
「私は平気です。ですから、そのような顔をなさらないでください」

 あぁ、本当にリリィは優しい。地上に舞い降りた天使ね。でも、ここからが本番でこの屋敷に招いた本当の目的。

「非常識の塊でもカメリア王太子殿下は一応この国の未来の王。下手な対応はできませんので、一人協力者を呼びたいのですが、よろしいですか?」
「協力者……ですか?」

 リリィが訝しむ。それもそう。人によっては、先程まで話していた内容を不敬罪と捉える。そうなれば、いつ自分の首が飛ぶか分からない。

「そんなに緊張なさらないで。協力者とは私の兄。私の友人であるリリィが不利になるようなことはしないわ。身内贔屓と思われるでしょうが、兄は若いですがかなり優秀で、王からの信頼も厚いのですよ」
「ですが、公爵家の方々にご迷惑をおかけすることに……」
「我が家のことを気にかけるなんて、リリィは本当に優しいのね。ですが、これは個人の問題ではありません。このまま、カメリア王太子殿下が王位を継げば国はどうなるか。その前に軌道修正ができるなら、するべきなのです。これは、未来の国のために必要なこと。つまり国のためです」

 私の話にリリィが神妙に頷く。

「国のため……わかりました」
「では、お呼びしましょう」

 私は鈴を鳴らし、執事に兄を呼ぶように頼んだ。

「ローズ、どうしたんだい?」

 サロンに入ってきた兄はいつものようにキラキラしていた。
 私の金髪より淡い白金の髪に、私より薄いグリーンフローライトの瞳。筋が通った鼻に薄い唇。リリィには劣るけど、超美形。
 落ち着いた雰囲気の青年にして『キラキラ☆学園パラダイス』の隠れ攻略キャラ。

 ノーマルエンドルートを進んでいる途中でのみ出会える。そして、このルートの場合だけ悪役令嬢であるローズは最愛の兄をヒロインにとられ、嫉妬で終わる。
 つまり、私への被害が一番少ない。婚約破棄はされないから、そこは微妙だけど国外追放や処刑に比べればマシ。

 隠れキャラならではの美しさを背負った兄に、私はリリィを紹介した。

「お兄様に相談したいことがありまして。こちらは友人のリリィ・バーロットよ」

 リリィがさっと立ち上がり膝を折る。

「はじめまして。サジェッタ・バーロットが娘、リリィ・バーロットと申します。お見知りおきを」
「あぁ、バーロット男爵のご令嬢でしたか。噂以上の美しさですね。私はロータス・シャルダン。気軽にロータスと呼んでください」
「……はい」

 顔をあげたリリィがロータスを見つめる。ロータスも和やかな眼差しをリリィに向けており、よい雰囲気。

 ちょっと寂しいけど、隠れキャラルートに進めたみたいで良かった。
 あれ? どうして、寂しいと思ったのだろう。リリィが幸せになるようにゲームをプレイしていた時は嬉しかったのに。

 首をかしげていた私はロータスに声をかけられた。

「で、相談とはなんだい? このあと、城へ行かないといけないから、あまり時間がないんだ」
「お兄様はお忙しいものね。簡単に説明いたしますわ」

 私はリリィからの話を端的に説明し、どう対応をしたらいいか相談をした。すると……

「たしかに王太子殿下の行動は目に余るものがあるし、王位継承者としても問題だ。策を考えるから、少し時間をくれないか?」
「ありがとうございます、ロータス様」

 ホッとした様子で頭を下げるリリィにロータスが優しく微笑む。

「いや、礼には及ばないよ。これは王太子殿下が本当に王に相応しいのか見極める機会でもある」
「そんな、大事(おおごと)には……」

 私は困惑するリリィの手を握った。ここでリリィに引かれたら私が困る。

「ことを大きくしたくない気持ちは分かるわ。でも、これは国の行く末に関わるかもしれない大事なことなの」

 その前に私の行く末に関わる。

「だから、協力し合いましょう。良き未来のため」

 私が少しでも助かる未来のために。

「……それとも、リリィはこのままでよろしいの?」
「それは嫌です」

 リリィのハッキリとした返事に私はホッとした。

「では、一緒に頑張りましょう」

 両手でしっかりとリリィの手を包み込む。あら、手も意外と大きい。
 リリィが少し頬を染めてうつむいた。恥ずかしがる顔も可愛らしい。こんな近くで、しかも生で見られるなんて。

 私がマジマジとリリィの姿を目に焼き付けていると、ロータスが苦笑いを浮かべた。

「リリィ嬢が困っているだろ。少し離れなさい」
「あら、失礼」

 至福の時間を奪われた私はロータスを睨みながら渋々離れる。

「時間も遅いし、リリィ嬢は私の馬車で家まで送ろう」
「いえ、大丈夫です」

 平然と断るリリィにロータスが有無を言わさない笑みを向けた。ロータスの顔の良さを全面に活かした微笑みは誰も断れない。ほぼ毎日顔を合わせている私だって無理。

「公爵家が客人を歩いて帰らせるなんて、そんなことはできないよ。これから城へ行くついでだから、気にすることはない」
「……それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

 私も馬車で送るのは賛成。ここからリリィの屋敷まで歩いていたら、途中で日が暮れて危ない。
 それに、馬車という狭い空間に二人きりなら、イベントが発生するはず。見れないのは残念だけど。

「では、急いで馬車をまわしましょう」

 私は執事を呼んで指示を出した。

 リリィを連れて表に出ると、すでにロータス専用の馬車が待機。私はリリィが馬車に乗り込む前に声をかけた。

「そうそう。こちらをご家族の方々と召し上がって」

 私の言葉とともに、執事がリリィにカゴを差し出す。中身は先程のお茶会で手を付けなかったお菓子と、シェフに作らせた軽食。
 しかし、リリィが受け取る様子はなく。

「相談させていただいた上に、このような物まで……申し訳なくて受け取れません」
「私はリリィとお話できて嬉しかったの。これは、その気持ちよ」
「ですが……」

 困惑するリリィ。困った顔も可愛い。そんな顔をされたら、もっと困らせてしまいたくなる。
 私の思考が危ない方向へ進んでいると、ロータスが間に入った。

「謙遜を美とする文化もあるが、それでは相手の気持ちを折ることもある。素直に受け取ることも、時としては必要だよ、リリィ嬢」
「……わかりました。ありがとうございます」
「中には軽食も入ってますの。お口に合うとよろしいのですが」
「ありがとうございます。実は甘いモノは苦手で」

 リリィがはにかんだ笑みを浮かべてカゴを受け取る。

 よっしゃ! 私の読み、大当たり!

 私は心の中のリングで盛大にガッツポーズを掲げた。
 そこにロータスがリリィに手を差し出す。馬車に乗るためのエスコートだ。

「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」

 リリィが軽やかに馬車に乗りこむ。美男美女で絵になる光景。スクショができないことが悔やまれる。
 私は心の中で号泣しながらリリィに声をかけた。

「また、遊びにいらして」
「はい」

 馬車の扉が閉まり、蹄の音とともに遠ざかっていく。隠れキャラのロータスルートになり、これで私も一安心……なはずなのに。
 ぽっかりと寂しい風が吹いた。



 数日後、私は兄のロータスと向かい合って朝食をとっていた時のこと。

「ローズ、リリィ嬢のことだけど、策を考えたよ。根回しはほとんど済んだんだけど、どうしても君の協力が必要のところがあって」
「さすがお兄様。動きが早いですわ。私にできることでしてら、なんでもいたします」
「さすが、我が妹。頼もしい言葉だね。やってほしいことは……」

 ロータスの話を聞いて私は目を丸くした。

「私にそのようなことをリリィにしろ、と?」
「リリィ嬢からの同意は得ている」
「…………いつの間に」
「リリィ嬢は聡明な方だ。これが君の本意ではないことも、ちゃんと理解されている。ただ、どうしても必要なことなんだ」
「ですが……」

 ロータスからの協力依頼。それは、私が避けてきたリリィへの嫌がらせイベントのコンプリートだった。

 高位貴族の礼儀作法の知識がないことを大勢の生徒の前で罵ったり、わざと転けさせて噴水に転落させたり、果ては持ち物を隠して捨てたり。

 そんなことを、あの可愛らしいリリィに私が……

 私は大きく頭を横に振った。

「できません。そもそも、それがどのようにカメリア王太子殿下への対策につながるのですか?」
「対策というか、これはすぐに効果がでる策ではない」
「どういうことですの?」
「長い目で見る必要があるけど、一番効果が現れるのは卒業式だ」
「それでは遅いのです! リリィは今の学園生活が辛いのですよ! 卒業式で効果が出ても、意味がありません!」

 思わず言葉が強くなった私をロータスが手だけで制する。

「まあ、まあ。これは今後、リリィ嬢が安全な生活をおくれるようにするためでもあるんだ」
「安全な?」
「そう。この先、平穏な生活ができるようにするための」

 卒業、すなわち告白イベント後についてはゲームでは一切触れられていない。つまり、私がまったく知らない未来の話。
 
「お兄様」

 私は初めて敵意を持ってロータスを睨んだ。

「なんだい?」
「リリィをカメリア王太子殿下の婚約者にしようとしてますの?」

 リリィの平穏な生活。つまりカメリアの婚約者となれば将来は安泰。今からでも全イベントをクリアすれば可能である。
 もし、そう考えての策なら全力で止めさせなければ。

 しかし、ロータスは驚いたように目を丸くした。

「まさか。リリィ嬢は男爵令嬢。身分が違いすぎて、婚約者にはなれない。もし、この身分差を越えて婚約者になったとしても、そのあとに起きる問題のほうが大変だ。今より安定した生活になるとは、とても言えない」
「では、平穏な生活とは、どのようなものですの?」

 ロータスがニヤリと口角をあげる。

「それは、まだ言えない。だが……そうだな。今のままだとリリィ嬢は命を狙われる存在となる」
「どういうことですの!?」

 思わず立ち上がった私を前にロータスが優雅に紅茶を飲む。

「本人もそのことは分かっている。だから、命を狙われない平穏な生活がおくれるようにするための策なんだ」
「ますます分かりませんわ!」
「まあ、まあ。紅茶を飲んで落ち着きなよ」

 いつものように紅茶を勧めてくるロータスの態度に私は力が抜けた。

 この兄はいつもそう。こちらが本気で怒ったり心配しても飄々(ひょうひょう)とそれを(かわ)していく。

 椅子に座った私は紅茶を一口飲んで訊ねた。

「本当にリリィのためになりますのよね?」
「もちろん」

 ロータスが爽やかな笑顔で頷く。攻略キャラ一番の男前にして、クセ強キャラ。

「分かりましたわ。リリィのため、心を鬼にして悪役になりましょう」

 私は自棄気味にカップに口をつけた。

「悪役の公爵令嬢。略して悪役令嬢、だね」
「ブホォッ」

 それ、シャレにならない。

 無言でロータスを睨むと、ウインクを返された。その時、なぜか私の中で怒りを超えた殺意が……と、いけない。これでも協力者であり、実の兄。

 私は笑顔で受け流した。とりあえず、あとでロータスの上着にマチ針を数本、首元がチクチクする程度に仕掛けておこう。



 兄、ロータスから言われた通り、学園でリリィへの態度を強くして……というか、ゲーム本来のキャラよね、これ。
 そうと分かっていても、リリィを罵倒……とまではいかないけど、罵るような言葉をかけるのは正直、辛い。差し伸べたくなる手を押さえ、歯をくいしばって思ってもいないことを口にする。
 思ったよりストレスフルな毎日。

 そんな生活をおくっていた、とある休日の昼。

 事前連絡もなく突然カメリアが公爵家へやってきた。とりあえずサロンへ案内して紅茶を出す。それから要件を聞くと、学園での私の態度が原因だった。

「リリィに近づくな」
「別に私から近づいてはおりません。偶然出会うことはありますけど」
「それだけではない。私がリリィに近づくのも邪魔しているだろ」
「そのようなことは、ございません」

 めっちゃ邪魔してますけどね。

 私は扇子で顔を隠しながら、ゲームのシナリオ通りカメリアに忠告した。

「そもそも王太子殿下という立場をわきまえてください。次期国王が男爵令嬢と気軽に会話をするなど……」
「私の邪魔をするな、と言っているんだ! 貴様の話はいらん!」

 特徴的なハスキーボイスが響く。次に紅茶が飛んできて、カップが床に落ちた。大理石の床にカップの破片が散らばる。私はとっさに扇子で顔を守ったけど、ドレスは紅茶まみれ。

 カメリアの大声とカップが割れた音で使用人たちが集まってきた。

「……着替えてまいります」

 私は片付けを使用人たちに任せて自室に戻る。

「最悪。いきなりやってきて。ヒステリックな女みたい……というか前世の妹と同じ怒り方よね」

 紅茶を被ってダメになったドレスを眺める。お気に入りの白いレースが紅茶で茶色に。シミが残らないといいんだけど。
 
「戻りたくない」

 あんなのでも、この国の第一王子で王太子。この屋敷にいる以上、相手をしなくては。

「はぁ」

 私は海溝より深いため息を吐いた。

「宰相の息子とか他の攻略キャラといる時はいつも上機嫌で、別人みたいよね」

 カメリアは私と二人きりになると、いつも不機嫌。いや、どの女性とも二人きりになると不機嫌になると聞いた。

「二重人格かしら。まったく」

 廊下に出たところで、執事長がやってきて私に新たな来客の報告をする。

「本当ですの!?」

 私は急いで新たな来客を待たせている応接室……前の廊下でリリィを見つけた。

「こんなところで、どうなさったの?」
「ローズ様……その、物が割れる音がして気になりまして。ここに来ましたら、王太子殿下がおられて……見つかりそうになったところを、ロータス様が現れて私を隠してくださいました」

 サロンへ繋がるドアが少し開いている。中を覗けば、ご機嫌でロータスと会話しているカメリア。

「大丈夫でした?」
「はい。ロータス様のおかげで私の姿は見られていません」
「では、今のうちに、こちらへ」

 私はリリィを自室へ連れてきた。ここならカメリアが来ることはない。

「あの、ここは……」
「私の私室です。ゆっくりなさって」
「はい……」

 私はメイドに紅茶と軽食を持ってこさせた。
 あぁ、それにしてもリリィが私の部屋にいるなんて。レースとアンティークで統一された家具に可愛らしいリリィはピッタリ。もう、この部屋の主はリリィでいいんじゃないかしら?

 私はうっとりとリリィを眺めながら訊ねた。

「今日はどうなされたの?」
「あの……私のことよりロータス様はあのままで、よろしいのですか?」
「あぁ、それはお気になさらず。王太子殿下はお兄様が相手をしましたら、すぐに機嫌が良くなりますの。ですので、お兄様が適当に相手をして城へ帰しますわ」
「そう、ですか」

 リリィがどこか心苦しそうにうつむく。心優しいリリィのことだから、ロータスに迷惑をかけたと思っているのかも。

 ……なんか、ちょっと妬けてしまう。

 ハッ! ダメよ、こんな思考! 私は健全にリリィと友人をするのだから。

 私は軽く咳払いをして訊ねた。

「それより、どうされたの? なにか困りごと?」
「いえ、その……」

 紫の瞳を伏せたあと、リリィが意を決したように顔をあげた。可愛らしいのに、キリッとした表情。ドキリと胸が跳ねる。

「学園でのことですが、私は気にしておりません。ですから、ローズ様は心を傷めないでください」

 あぁ、なんて可愛らしい。私のことを気にして、それを言うために、わざわざここまで来て。

 尊すぎて失神しかけた私は、ふらついて椅子から倒れかけた。

「危ない!」

 リリィが素早く私を支える。思ったより、しっかりした腕と体。それでいて、ほのかに良い匂いが……

「大丈夫ですか?」

 可愛いのに、キリッとした顔はカッコよくて……いや、カッコよすぎる。こんな姿、ゲームで見たことない。我が人生に悔い無し。

「……ダメかもしれません」

 私は思わず両手で顔をおおった。いろんな感情がグルグルして訳が分からない。
 とにかく鼻血だけは出ないようにしないと。

 私はこっそり鼻を押さえた。



 あれから、いろいろあったが本日は卒業式。最終決戦となる日……のはず。

 卒業式は卒業生と卒業生の保護者である高位貴族のみが参加。カメリアの両親である王と王妃も出席するため警備は厳重。そのため在校生でも出席は不可。

 だけど、会場内には在校生であるリリィがこっそりといた。理由はカメリア直々に呼ばれたため。
 とはいえ、普通に在校生がいたら不審な目で見られるため、マントを羽織り、ホールのスミにあるカーテンと同化している。
 このために、わざわざカーテンと同色のマントを準備したカメリアに執念っぽいナニかを感じる。

 私はリリィの姿に涙しながら、卒業生の席に座っていた。

 卒業生が全員集合し、その親もそこそこ席に着いたところで壇上にカメリアが現れる。
 本来なら学園の代表である学長が立つ場所。そこに躊躇いもなくカメリアが立つ。

「あー。これから卒業式なのだが、その前にこの由緒ある学園から卒業するに相応しくない者に退場してもらう」

 特徴的なハスキーボイスが響く。
 前代未聞の事態に教師陣が慌てた。普通の生徒なら力尽くで止めさせられるだろうが、相手はこの国の王太子。下手な手出しはできない。
 素早い相談の結果、教師陣は様子見することにしたらしい。

 誰にも邪魔されることがなくなったカメリアが悠々と語り始めた。

「ここはこの国の未来を担う若者が集いし学園。だが、それを汚すおこないをする者がいる」

 カメリアが壇上から私を指さす。

「ローズ・シャルダン! 貴様だ!」

 全員の視線が私に集まる。これはゲームのシナリオ通り。私は平然と扇子を取り出して広げた。

「私がいつ学園を汚すようなことをいたしました?」
「しらばっくれても無駄だ! 証拠はあがっている! リリィ・バーロット。こっちに来い」

 リリィがマントを羽織ったまま壇上へ上がった。カメリアがリリィの隣に立ち紹介を始める。

「こちらのリリィ・バーロットは男爵令嬢だが、勤勉で成績優秀なため学園に編入が許された。だが、そのことが気にくわないローズはリリィに嫌がらせを始めた」

 当然のごとく保護者を中心にざわめきが広がる。その様子に王子が満足そうに頷く。

「ローズは大勢の生徒たちの前でリリィを貶め、罵り、傷つけた。その卑怯たる姿はなんとも醜い」

 まあ、見事にゲームと同じセリフ。私は優雅に微笑んで訊ねた。

「まったく身に覚えがございませんのですが。私は実際にどのようなことをしたのでしょうか?」
「なにを白々しい。大勢の生徒の前で礼儀がなっていないと侮辱したであろう!」
「それは当然です。リリィがしていたのは低位貴族の礼儀作法。しかし、相手は高位貴族。でしたら、相手に合わせた礼儀作法をするのは当然のこと。それを教えていただけです」
「だが、ものには言いようというものがある! わざわざ相手を貶めるような言い方をする必要はあるまい!」

 カメリアが勝ち誇ったように私を見下ろす。そこで思わぬところから反論が出た。

「ローズ様は私の至らないところを指摘してくださっただけです」

 リリィからの反論にカメリアがギョッとした顔になる。

「だ、黙れ! 男爵令嬢ごときが私の許可なく発言するな!」

 カメリアが烈火のごとくリリィを睨む。この怒り方。やはり、どこか前世の妹と重なってしまう。しかし、リリィは怯むことなく発言を続ける。

「それはおかしいです。この学園内では学生同士、身分に関係なく平等に接すること。と規則にあります」
「そんなもの知らん!」

 予想外の発言に私は目が丸くなった。いや、規則はトップが率先して守らないと誰も守らなくなる。それを、あっさりと蹴るなんて。
 私はわざとらしく盛大なため息を吐いた。

「王太子殿下自ら規則を守らないとは。それでは諸外国にも、この国の王子は条約を守らない、と認知されてしまいます」
「それが、どうした? この国は私の国だ。私がすべてを決める。他国のことなど知らん」

 保護者たちのざわめきが盛り上がる。カメリア自身は地雷を踏むどころか、踏み抜いていることに気づいてない。
 私は諦めたように肩を落とした。

「わかりました。では、他に私はリリィになにかいたしましたか?」
「貴様がリリィの足をひっかけて転けさせたり、噴水に突き落とした、という目撃情報がある」

 リリィが素早く手をあげる。普通の男爵令嬢であれば、この状況に気後れして黙り込むであろう。でもリリィにそのような様子はなく、堂々と意見していく。

「それは私がドジなだけです。一人で勝手に転けて噴水に落ちました」
「だが、ローズはその姿を見て、間抜けとか、無様とか、言っているたろう!」
「それは一人で勝手に転けたり、噴水に落ちたのですから、間抜けですし、無様だと思います。ローズ様は事実を口にしただけです」

 カメリアはリリィを利用して、口うるさい私を断罪したかったのだろう。けど、そうはいかない。というか、ここまできたら、ほっといても自滅するんじゃないかなぁ、と思いながら眺める。

 すると、カメリアが次の手を出してきた。

「あとリリィの私物が傷つけられるという事件まであった。カバンの中身が荒らされ、ノートが破られていた」

 初耳なことに私は出かけた声をなんとか留めた。たしかにゲームではそのようなイベントがあったけど、私はどうしてもやりたくなくて、しなかった。

 それなのに、誰がそのようなことを!?

 全身が沸騰しそうな怒りが駆け巡る。けど、顔に出してはいけない。どうせ犯人は目の前にいる。

「まあ、なんて野蛮な」
「白々しい。これも、貴様の仕業だろ!」
「なにか証拠がございまして?」

 カメリアが一枚のハンカチを取り出す。

「これが破かれたノートがあったところに落ちていたそうだ。このハンカチは貴様のだろ?」
「たしかに、このハンカチは私のですが、それは一ヶ月ほど前に失くして探しておりました」
「そうやって嘘をつくのか」

 鼻で笑うカメリアに私は淡々と説明した。

「一ヶ月前、王城でお茶会がありました時に持っていきました。テーブルに置いていたのですが、気がついたらなくなっておりまして、使用人に見つけたら届けるようにお願いいたしました。嘘だと思うなら、その時の使用人に確認されたらよろしいかと」
「その時に失くしたハンカチだと言えるのか? ハンカチなんていくらでもある」
「あら、そのハンカチは公爵家御用達の店が作った一品物。公爵家の家紋と私のイニシャルと白バラの刺繍がはいったハンカチは、それしかございませんわ」
「では、その時の茶会に参加した誰かが盗んだとでもいうのか!?」

 私は視線を伏せて頷いた。

「そういうことになりますわね」
「そうやって公爵家の権力を利用して、茶会に参加した者に罪をなすりつける気か!」
「その茶会はカメリア王子に呼ばれた二人きりのお茶会でしたけど」
「きさっ!? 私が盗んだと言うのか!?」

 カメリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 まさか、ここまで見事にロータスの策にハマるなんて。私はロータスが言われたことを思い出した。

『いいかい、ローズ。王子と二人っきりになる機会があったら、わざとハンカチを置いて一度その場を離れるんだ。そのハンカチはローズの物と分かる一品物でね。で、そのハンカチが失くなったら騒ぎ立てず、こっそりと使用人に見つけたら届けるように伝えておくこと』

 最初は意味が分からなかったが、このためだったとは。実の兄ながら、ここまで先を読んでいたことが恐ろしい。

「私はそのようなこと、一言も申しておりません」

 シレッと視線をそらした私をカメリアが指差す。

「だが、他の現場でも貴様のモノが見つかっているのだぞ! これはリリィの私物が捨てられていた近くに落ちていた」

 そう言って公爵家の家紋入り髪留めを出した。これはいつ失くしたか覚えていない。つい最近まで、あったのに。
 とっさに言葉が出なかった私にカメリアがたたみかける。

「おまえの嘘もここまでだな!」
「そちらの髪留めは、先日の公爵家でのお茶会で王子が拾われたモノのはずですが?」

 思わぬ言葉に私は声の主を見た。リリィがまっすぐカメリアを見据える。

「先日、私が公爵家を訪れた時、サロンで大きな音がしまして。誰かが倒れられたのかと心配になり覗いたところ、割れたカップをメイドたちが片付けておりました。その中で紅茶を飲まれていた王子の足元にその髪留めが落ちており、それを王子が拾い上げてポケットに入れたところを見ました」

 カメリアの顔が再び真っ赤になる。これ、自分が犯人ですって自供しているものじゃない? もう少し感情とか表情のコントロールができないかしら? あ、できていたらこんなことにはなってないわね。

「う、嘘だ! さては、ローズとともに私を陥れるつもりだな! そうはなるか! そもそも、なぜ男爵令嬢のリリィが公爵家にいる!?」

 今度は私が余裕綽々で答える。

「リリィに高位貴族の礼儀作法を教えるため、私が呼びましたの。以前も屋敷に来たことがありますわ」
「適当なでたらめを言うな!」
「あら、以前も屋敷に来たことがあるのは、調べればすぐにわかること。その場しのぎのでたらめなど、言うだけ己の首を絞めるだけです。誰かのように」

 ホール中の冷めた視線がカメリアに刺さる。カメリアがリリィと私を指さした。

「すべては貴様らの狂言だ! 反逆罪として告訴する!」

 カメリアの怒声にホールが通夜のように静まり返る。そこに響く足音。


 その先にいたのは――――――――


 自暴自棄になっているカメリアの前に王と王妃が現れた。

 王は四十歳前後ぐらいだろうか。濃い金髪に青い瞳。高い鼻にしっかりと結ばれた唇。ビロードのマントを羽織り、威厳と風格に溢れている。
 その隣には王妃。元は側室だったが、病弱だった前王妃が亡くなると同時に王妃の座についた。淡い金髪に薄い水色の瞳。美人だが、つりあがった目がキツい印象を与える。
 カメリアの顔立ちは王妃似みたい。

 王妃が嘆くように王にすがった。

「私たちの可愛いカメリアが、このような恥ずかしめを受けるなんて。この小娘たちを即刻処刑してくださいな」

 甘くすがるような声。ベタベタと気持ち悪く耳に残る。この王妃にして、このカメリアありのような不快感。

 さて、王がどのように出るのか。

 固唾をのんで見守っていると、王が王妃を置いて一歩前に出た。そのままリリィを頭から足先までマジマジと見つめる。
 いや、見すぎでしょう。王の背後で王妃が鬼の形相で睨んでいる。正直、メデューサのようで怖い。

 リリィをしっかりと観察し終えた王が視線をカメリアに向けた。

「カメリア。おまえは今までの話はすべて、この二人の狂言だと言うのだな?」

 低く重く落ち着いた声。一方のカメリアが喚くように言った。

「そうだと言ってるじゃないですか! こいつら二人が私を陥れようとしているんです!」

 王が深く深くため息を吐いて右手をあげる。

「カメリアを拘束しろ」

 王の背後で控えていた護衛が素早く壇上にあがり、カメリアを後ろ手に縛る。これには王妃も声をあげた。

「どういうことですの!? 捕まえるのは、この小娘二人でしょう!?」

 王が悲しげな顔を王妃に向ける。

「そなたからも詳しく話を聞く必要がある」
「は!? どういうことですの!?」

 ホールが再びざわつきに包まれる中、よく通る声が響いた。

「カメリア王太子殿下は虚偽の証言を王にされた。つまり偽証罪になります」

 白金の髪を揺らし、優雅な足取りでロータスが登場する。すかさずカメリアが叫んだ。

「虚偽の証言などしていない!」
「さて、それはどうでしょう」

 その一言でロータスの背後に黒ずくめの人間が膝をついて並んだ。

「この者たちは王家の影。すべてを見たまま、ありのままを王に報告する者たち。そして、この半年。カメリア王子の行動をすべて王に報告してきました」
「私の言葉より、こんな黒い奴らの報告を信じるというのか!」
「当然。影は権力も、財力も関係ない。事実のみを報告する者。一方のカメリア王子は権力に固執しての我儘(わがまま)三昧(ざんまい)。さて、どちらが真実を口にしているか」

 そこに王妃が叫ぶ。

「こんな勝手なことをして! シャルダン家はただではすみませんからね! 覚えてなさい!」

 ロータスが冷めた視線で王妃を見る。

「それは、どうでしょう?」
「なによ?」
「当然、あなたの言動もすべて王に報告されています」
「え?」
「おや、分かりづらかったですか? つまり、この半年間カメリア王子と交わした会話はすべて王に報告されている、ということです」

 王妃の顔が真っ青になる。王が悔やむように首を横に振った。

「前王妃が子を産んだ頃、私は他国との(いくさ)で忙しかった。王妃のことは任せろと言った、おまえの言葉を信じた私が愚かだった」
「わ、私はなにもしておりません! 私は……」

 王が大きくマントを翻し、一喝する。

「黙れ! 私が不在であったことをいいことに、前王妃の子を亡き者にして、自分の子を王にしようとするなど!」

 王の圧に腰が抜けた王妃が座り込んだ。それまで静かに見守っていた人々がどよめく。

「しかも、王位を継がせたいがために、カメリアの性別まで偽るとは!」

 特大の爆弾に全員の顔が唖然となった。

 は? まって? どういうこと? カメリアは男じゃないってこと!? こんな設定はゲームになかった!

 あまりの衝撃に誰もが硬直していると、ロータスが軽やかに壇上にあがった。

「カメリア王子は女性、ということです。異論があれば、ここで服を脱いで男だと証明しても、よろしいですよ?」
「ロータス、貴様……」

 カメリアが唇を噛んで睨んだが、それを払うようにロータスが深く首を横に振った。

「私は何度も進言しましたよ? 現実を見て、真摯に生きるように、と」

 ポツリと声が落ちる。

「……うるさい」

 無理やり出していたようなハスキーボイスとは違う。同い年の少女のような、これが本当のカメリアの声?

「うるさい! うるさい! これはゲームの世界なのよ! 私の世界なの! すべては私の思いのままなのよ! じゃないと、おかしいわ! こんなにゲームと同じなのに!」

 ゲーム!? まさか、カメリアも転生者!?

 私は焦って周囲を見ると、人々が囁き始めていた。

「ゲームとはなんだ?」
盤上試合(ボードゲー厶)のことか?」
「どういうことだ?」
「ゲームとやらが関わっているのか?」

 このままでは、まずい。なんとかしないと。

 パシッ!

 私は大きな音をたてて扇子を畳んだ。人々の視線と意識を意図的に集める。
 この場を切り抜けるため、理解しきれていない頭をフル回転させ、私は大芝居に打って出た。

「カメリア王子は女性に生まれながら、王太子役を無理にさせられてきた。その負担はかなりのもの。その結果、心を病まれ、現実から逃避するのも、やむを得ません」

 と、私はここで再び扇子を開いて悲しげに顔を隠した。

「ゲェムだなんて訳のわからない夢物語に取り憑かれたゆえの、蛮行、奇行の数々。それならば納得できますわ。なんて、お可哀想……」

 私の言葉に人々が頷き始める。

「夢物語か」
「女が男として過ごすんだ。心を病むな」
「それなら、あの横柄な態度も分かる」
「そういうことなら……まぁ」

 カメリアに同情が集まるのは癪だけど、ゲームの世界というのがバレるよりいい。もし、バレたらこの世界がどうなるのか予測もつかない。なにも起きないかもしれないけど。

「私は病んでないわ! 悪役令嬢のくせに、生意気なのよ! 私の邪魔ばっかりして! 私はさっさとヒロインをおとして、王になって、攻略キャラたちを囲んだ逆ハーレム生活をするんだから!」

 せっかくフォローしたのに、余計なことを喚くな! さっさと退場してもらわないと!

 私は王に訴えた。

「早く医師のところへお連れしたほうがよろしいと思います」

 王が頷き命令した。

「カメリアとキアリを連れて行け」

 呆然と座り込んでいた王妃も後手で縛られカメリアとともに護衛に連行される……前にリリィが声を出した。

「お待ちください!」

 リリィが壇上から飛び降り、王の前で頭を下げる。王が声をかけた。

「サジェッタ・バーロット男爵の娘……であったな。なにか申したいことがあるのか?」
「どうか、キアリ王妃に声をかける許しを」
「許可しよう。カメリアは医師のところへ連れて行け」
「ちょっ!? なんで、私だけ!? 離しなさいよ! 私を誰だと思っ……」

 カメリアの叫びが遠くなる。
 リリィが屍のようになっている王妃の前に立った。だが、王妃が動く様子はない。陰謀が暴露され、己の末路を悟ったのだろう。目は虚ろで、顔は一気に老けた。
 そんな王妃にリリィが容赦なく声を刺す。

「キアリ王妃、一つお聞きしたい。あなたは前王妃である、ライラ王妃を手にかけましたか?」

 その場にいる全員が声も出せず見守る。

 王妃が光のない目をリリィに向け、歪んだ笑顔になった。

「あら、ライラ。まだ生きてたの? 私の毒入りお菓子の差し入れが足りなかったのかしら? いい加減、死んでちょうだい。あなたの亡霊に私は毎夜うなされているのよ」

 パァァァン!!

 激しい音が響く。右手を振り切ったリリィは奥歯を噛みながら言った。

「母はあなたの差し入れをいっさい口にしなかった。それどころか、城の料理もほとんど口にできなかった。すべては、お腹にいた私を守るため。そして、母は私を産んで衰弱死した。すべては、私を守るために!」

 リリィが羽織っていたマントを外す。

「なんと!?」
「あれは……」
「女子ではなかったのか!?」

 王族の男子のみが着ることができる詰襟の正装姿。ピンクゴールドの髪が映える白地の布地。体型を引き立てる、金ボタンと金糸の飾り。
 可愛らしい顔立ちのリリィが勇々しい少年に。しかも、超絶似合っている。

 眩しすぎて直視できない。でも、目に焼き付けたい。でも、神々しすぎて見ることができない。

 って、今はそれよりも!

「どういうこと!?」

 リリィが男!? しかも、王族!? そんな設定、ゲームになかった! もう、頭が処理落ちしそう!

 屍だった王妃の顔に表情が戻り、驚愕の顔で小刻みに震える。

「え……子は女だって……それに生まれて、すぐに死んだって……」
「ライラ王妃の侍女をしていた育ての母が、城から連れ出してくれました。城にいたら私の命まで危ないというライラ王妃の判断で。バーロット男爵はすべてを知った上で、育ての母と結婚し、私を育ててくれた」
「そん、な……」

 リリィがグッと手を握りしめた。

「私は生みの母を見殺しにした王家への復讐を考えましたが、それは育ててくれた父と母に迷惑をかけます。なので、私は平穏に生きる道を選びました。ですが、いつ貴女が私を消しにくるか分からない。それだけが恐怖でした」
「私は、知らなかったのよ……」
「そのようですね。念の為、年齢と性別を偽りましたが、それさえも必要なかったようですし」

 リリィが話は終わったとばかりに背を向けると、見守っていたロータスに頭を下げた。

「ロータス様、この度は多大なご助力ありがとうございました」
「リリィ嬢の勇気ある行動のおかげ、ですよ」

 王が軽く頷く。

「そうだな。そなたのおかげで間違いを侵さずにすんだ。あとは、こちらで処理する。キアリを連れて行け」

 王の命令で王妃が連行され、後味の悪い静寂だけが残った。



 前代未聞の騒動により卒業式は延期。先日、ようやっと式を終え、私は学園を無事に卒業した。
 本来ならこのまま嫁ぎ先を探すところだけど、あれだけの騒動の渦中にいたためか、誰も名乗りをあげない。その結果、私は売れ残り状態。

 涼やかな風が吹く公爵家の中庭で紅茶を嗜む日々。

「このまま企業でも立ち上げようかしら」

 前世の知識を使って売れそうな商品を作り販売……と考えていると、兄のロータスがやってきた。

「やあ、美味しそうだね。一緒してもいいかな?」
「あぁら、お兄様。お久しぶりですねぇ。お城のお仕事はよろしいのかしらぁ?」

 声に思いっきりトゲをこめる。

 リリィが男で、しかも前王妃の第一子だったことを私に黙っていた兄。簡単に言えるようなことではないし、機密情報なのも分かる。

 でも、拗ねるぐらいは許してほしい。除け者にされていたみたいで、気分は良くなったのだから。

 ロータスがすまなそうに眉尻を下げた。

「いい加減に機嫌をなおしておくれ。今日はとっておきの土産を持って帰ったから」
「土産?」

 ロータスが道を開けるように体を横に向ける。その先にいたのは……

「久しぶりだね。ローズ嬢」

 太陽の光を浴びて輝くリリィ。長いピンクゴールドの髪を一つにまとめ、爽やかな笑みを私に向ける。
 服装が男性物だからか、可愛らしさより凛々しさが際立つ。華麗なリリィも良かったけど、こっちのカッコいいリリィもいい。

 完全に見惚れてしまった私にリリィが首をかしげる。

「どこか、おかしいか?」
「いえ! とてもよく似合っております!」

 リリィがホッとしたように笑う。そこにロータスが入った。

「ほら、ローズは変わらないでしょう?」
「そうだな」

 そういえば、話し方が今までと違うし声も低くなっているような?

 私の疑問に気がついたのか、リリィが説明してくれた。

「この姿で違和感がないように話し方と声の出し方を変えている」
「大変……ですのね」

 王太子としての教育も受けているのだろう。リリィが遠くなっていく。
 ついうつむいてしまった私の肩をロータスが叩く。

「さて、私は家の用事を済ませてきますので、それまでローズとお茶をしてお待ちいただけますか? ルロア王太子殿下」
「ルロア?」

 初めて耳にする名。リリィが私を見る。

「ご一緒しても、よろしいかな?」
「そ、それは、ぜひ」

 メイドがすぐにリリィの紅茶も準備する。
 私たちは向かい合ってテーブルに座った。微妙な沈黙。なんとか話題を……

「あ、あのルロアとは……」
「あぁ、ロータスから聞いていなかったか。私の本名はルロアだったのだが、それだと私が男だとバレてしまう。そこで、ルロアの愛称のリーと、ライラ王妃の名を合わせた、リリィという偽名を名乗っていた」
「では、ルロア王太子殿下とお呼びしたほうが、よろしいですね」

 ますます遠い存在になっていく。私は寂しさを誤魔化すように紅茶を口にした。砂糖を入れたはずなのに、どこか苦い。

 紅茶の水面に写った私の顔が泣きそうに揺れる。

「そのことだが……」

 顔をあげるとリリィことルロアがまっすぐ私を見つめていた。

「愛称のリーと呼んでほしい。リーならリリィにも響きが近い」
「……リー王太子殿下、ですか?」
「王太子殿下もなしで」
「そ、それはさすがに!」

 慌てる私にリーが紫の瞳を伏せる。

「そうか……」

 今にも消えそうな声で! そんな泣きそうな顔で言われたら! 断れるわけない!

「で、では二人きりの時でしたら」

 リーが晴れた空のように明るくなる。いや、虹も出ているでしょ!? そんな嬉しそうな顔をされたら!

 眩しさに負けて顔をそらす。すると、手をしっかりと握られた。

「ありがとう、ローズ。この愛称で呼ぶのは君だけだ」
「……私だけ?」

 どういう意味?

 顔を戻すと、リーが握っている手に力を込めた。

「ローズはとても魅力的で、お誘いも多いだろう。だが、もう少し待ってほしい。君に相応しい男になり、必ず迎えに来る」
「え? えっ? えぇっ!?」

 リーが私の左手の薬指に軽く唇を落とす。

「今は王位継承の教育で忙しく、なかなか会いに来れない。だから今度、この指に合う指輪を贈る。常に私の心が君とともにあるという証明に」

 そう言って顔をあげたリーはイケメンで! もう、イケメンすぎて!

 私の魂は無事、鼻血とともに昇天しました。




 さて、最後に私こと、公爵令息のロータス・シャルダンから事の顛末を少し語ろう。

 リリィことルロア王太子殿下は、前王妃の子として正式に認められ、王位継承の筆頭候補に。
 バーロット男爵はここまでルロア王太子殿下を育て上げた功績が認められ、報奨金と領地を与えられ子爵へ陞爵。

 当のルロア王太子殿下本人は勉強漬けの日々。帝王学から王族の礼儀作法まで、学ぶことは山程あるが、そつなくこなしている。ここまで優秀だと、将来が楽しみだ。

 そして、公爵家の令息である私はルロア王太子殿下の友人兼相談役として、サポートをしている。

 今日は久しぶりの休日。ルロア王太子殿下は息抜きのため、公爵家を訪れ、ローズとお茶会をしていた。

「これなら、大丈夫そうですね」 

 紅茶を飲む私で華やかに会話をするルロア王太子殿下とローズ。ルロア王太子殿下は男物の服を着ているが、素の顔が可愛らしいため、一見すると可愛らしい女子同士のお茶会。
 まぁ、これはこれで悪くない。

「なにが大丈夫そうなのですか? お兄様」
「ローズ、そんなに睨まないでくれ。ルロア王太子殿下が男だと黙っていたこと、まだ根に持っているのかい?」
「べ、別に。そんなことありませんわ」

 ぷいっと顔を背けるローズ。その仕草にルロア王太子殿下が悲しげに微笑む。

「すまない、ローズ。君を深く巻き込みたくなかったばかりに……」
「いえ、リーは悪くありませんわ」

 ルロア王太子殿下がローズの手をとる。その左手の薬指には紫の宝石が輝く指輪。

「男だと公表した後も、王子と認証された後も態度が変わらなかったのは、君だけ。そのことに、どれだけ励まされ、癒やされたか」

 ローズが顔を真っ赤にして恥しそうに目を伏せる。

「あなたがどんなに身分が変わろうと、私にとって唯一の人であることに変わりありませんから」
「ローズ……」
「リー……」

 ローズが顔をあげる。お互いに頬を染めつつ、見つめ合う。

 いや、これで正式に付き合ってないって、どういうこと? 指輪まで贈っているのに、ルロア王太子殿下はまだその時じゃないって言うし。
 もう、まどろっこしいから、王に進言して婚約させようかな。

 私は無糖の紅茶を飲んだ。この二人とお茶会をする時は必ず無糖。でないと、甘さで溺れ死ぬ。
 この二人を見ていると、その気がなかった私でもそろそろ良い人を探そうかなぁ、と思ってしまうから怖い。

 ここでローズが思い出したように立ち上がった。

「私、クッキーを作りましたの。そろそろ焼き上がると思うので見てきます」

 ローズがパタパタと走り去る。微笑みとともに見送っていたルロア王太子殿下が私の方を向く。

「それにしても、ロータス殿の策は見事だったな。見事すぎて怖いぐらいだ」
「昔から人の動きを読むのは得意でしてたので」

 特にこの世界(・・・・)の主要人物は。

「カメリアにはローズを任せられなかったけど、ルロア王太子殿下になら任せられます」
「そのために、ここまで動くとは、相当大切な妹なんだな」
「はい。ですので、お願いしますよ」
「当然だ。全力で守る」

 ローズがクッキーを持ってやってきた。これ以上、甘いモノはいらない。
 立ち上がった私にルロア王太子殿下が首をかしげる。

「クッキーを食べないのか?」
「野暮用がありますので。失礼します」

 私は待たせていた馬車に乗り込んだ。

 行き先は王城の離れ。()王太子殿下のカメリアが幽閉されている場所。

 カメリアの母キアリ王妃は、子の性別を偽り、王位を継がそうとした偽装罪で処刑。子のカメリアは王妃の操り人形にされ、心を病んだとして修道院行きとなった。

 そして本日、カメリアが修道院へ移動する。私はカメリアがいる部屋を訊ねた。

 修道女の服を着たカメリアが私に駆け寄る。

「ロータス! やっぱり来たわね! さすが、ゲームの隠れキャラ」
「カメリア嬢、そのことを口にするのは止めるように何度も……」
「だって、ゲームはゲームなんだから。それより、ここから出してくれるのよね?」
「ええ。今準備をしておりますので、それまで紅茶をどうぞ」

 メイドが用意したティーセットの前にカメリアが座る。良く言えば、疑うことを知らない。悪く言えば無知で無防備。

 私はカメリアの正面に座った。喉が乾いていたのか、カメリアがすぐに紅茶を飲む。

「この部屋に閉じ込められてから、ずっと暇だったの。紅茶を飲むのも久しぶりよ。早く出たいわ」
「こうなることを知っていたかのような口ぶりですね」
「私の思い通りにならなかったことはないもの。前世の時から、ずっとそう」
「前世?」
「そう。前世では欲しいものは、すべて私のものになったの。姉のものも、ぜぇーんぶ私のモノ。姉はなにかのイベント帰りに、事故に巻き込まれて、あっけなく死んじゃっ、た……けど…………」

 こんなのが妹とは。その見知らぬ姉とやらに同情してしまう。

 カメリアがゆっくりとカップを下ろした。どこか眠そうに頭を押さえる。
 私は気にせず話を続けた。

「それは、それは。ですが、ここはあなたの前世の世界でもなければ、ゲームの世界でもない。あなたは、そのゲームをされていたようですが、まったく同じでしたか?」
「……違う、ところも……あった、わ」
「でしょうねぇ。このシナリオでは奇抜すぎて売れない、とボツになった設定でしたから」
「ボ、ツ…………?」
「私としては、ヒロインが実は男で王子だった、という隠れルートは面白いと思ったのですけどね。結果として、渋々書き直したほうがゲームとして採用されました。それにしても、自分で作ったキャラを葬るのは、なかなか辛いですね」

 私は動かなくなったカメリアに言葉をかけた。

「再三、忠告したでしょう? あなたにとってはゲームの世界かもしれませんが、この世界で生きている人には現実だと。ここには人生があり、命がある。それを軽んじてはならない。あなたの行動一つで不幸になる人も、破滅する人もいる」

 席から立ち上がり、床に倒れたカメリアに微笑む。

「王位継承の揉め事になる芽は摘んでおけ、という王からの命令でして。せめてもの手向けです。まったく苦しくなかったでしょう? これで、ここから出られますよ」

 喪服を着た使用人たちが棺を担いで部屋に入る。私は後始末を使用人たちに任せた。

 外に出れば雲一つない清々しい青空。

「転生者が自分だけとは限らない、ということです」


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