桜吹雪が綺麗です。
「ボーッと、ですか。疲れているんじゃないですか」

 彼は「何かあったかな」と言いながら手持ちのカバンを探り、焦げ茶色の洒落た包みの板チョコを取り出す。

「これ、今日出先でもらったんです。入れっぱなしにしていたわけじゃなくて」

 口を挟むこともできずにいる千花の前で「オーガニックダークザクロ。へぇ、どんな味だろ」とパッケージを読み上げ、デスクのキーボードの上に置いた。

「どうぞ。糖分」

 いるともいらないとも言わないうちに、さっと背を向けられる。

柿崎(かきざき)。こっちだ」

 スーツの男性が、離れた位置で呼んでいる。
 彼は軽く手をあげて応えて、歩き出す。

 ――柿崎……?

 目が追いかける。
 明るい茶髪も、すらっと姿勢の良い背中にも見覚えがあった。
 記憶の蓋が持ち上がって、さーっといくつもの場面が再生される。

(柿崎くん? 本当に?)

 大学を卒業して働き始めていればそろそろ一年、新人とは言われなくなる頃か。
 家庭教師をしていた千花の、教え子。
 まさかと思いながら、よく見ようと腰を浮かせたところで、さっと目の前を遮蔽物で阻まれる。

「帰らないのか」
「三木沢くん? まだ帰ってなかったの?」

 だいぶ前に挨拶を交わしたはずの同僚が、立っていた。
 長身で、視界が完全に遮られてしまう。
 夕方になると朝剃った髭が伸び始めるという三木沢は、目鼻唇のパーツが大きく(いか)つく、いかにも男くさい顔立ちで、妙に圧迫感があった。
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