魔王を倒した聖女ですが、二度目の召喚を受けました~聖女は魔王に堕とされる~

戻ってみた世界

 サキが元の世界に戻ると、自宅の自室だった。同室の妹はいなかった。
 異世界にいた分、かなり久しぶりの気がしたので、顔を見たかったのか、少しがっかりした。

 ──でも、突然現れるところを見られなくて良かったのかもしれない。

 そして、階下に降りていく。
 しん、と静まりかえる家には、誰もいないようだった。

 ──私を探してくれているの? きっと何日もいなくて大騒ぎだよね。ごめんなさい。

 サキの心に、ちょっとした期待がわく。行方不明になった私を家族みんなで探してくれているんじゃないだろうか、そんな期待だ。
 そうしてサキは家の中を少し探し歩いて、リビングに行き当たる。
 リビングのテーブルの上に置かれたものを見て、彼女は頭を石で殴られたような衝撃を受けた。

沙希(サキ)へ。
 何日もどこをほっつき歩いているのか知らないけれど、
 あんたいてもしょうがないし、ちょうど良いから、
 美希の大学合格祝いの旅行に行ってきます。
 海外でしばらく帰らないから、これでなんとかしなさいね』

 そんなメモと、五万円をペーパーウェイトでともに挟んで置いてあったのだ。

「……私が行方不明なのに、……旅行?」
 サキは愕然とする。
 そして、異世界転生で魔王討伐に成功したことで浮かれて、忘れていたことを思い出す。

 ──私はこの家で邪険にされていたじゃないか。

 可愛がられていたのは、愛嬌もあり可愛らしい双子の妹美希。
 ただ長い辛気くさい黒髪に、生真面目なだけの姉であるサキは愛されもせず。
 両親は妹の美希ばかりを可愛がっていた──。

 そこに、あの声が頭に響いた。
『ああでもそこ、本当に帰るべき場所なのかなぁ?』

 天使の中でも悪魔の中でも最も美しかったあの男。次は私を帰さないといったあの言葉にサキはうろたえる。
「やだ、早く帰ってきて……!」
 けれど、五万も置いていかれていることに、私は嫌な予感を覚える。
「まさか、海外、だなんて……」
 その五万円を手にして、サキはすとんと床に腰を落とす。

「私がいないからって……酷い。でも、会いたい。帰って、来て……」
 うっく、ひっく、と涙を流して部屋中を探す。
「愛してなくても良いの、と、会いたいだけなの!」
 声をからして家族の名を呼ぶ。
 思い立って玄関に駆けていって、靴箱を確認し、やはりみなで外出しているのだと再認識させられて愕然とする。

 ──誰か、誰か、私を迎えに来て……!

 そういえば、連絡と言えばメールかメッセージ!
 サキは、着ていた制服のポケットにスマートフォンを入れていたはずだった。

 あちらの世界では、それこそ電波もなにもなかったので、使うことも出すことすらなくなっていたのだが、電源だけが0%になっているのをみて慌てて充電をする。

「一体どれだけ経っているの……」
 スマートフォンの機能で日にちを確認すれば、召喚された日からちょうど一年経っていた。

 充電をしても、旅行先からの連絡などひとつもなかった。それどころか──。

『あなたがいなくなったのは仕方がないわね。
 でも、突然大学受験をすっぽかしてまで遊び呆ける子になるなんて驚いたわ。
 私たちは美希の通学にあわせて引っ越すから、もう勝手にしなさい』

 そんなメールがひとつ、ピロン、と音を立てて受信した。日付は大分前のものだった。

「そんな……」
 サキは親の言い草に絶句する。
 そう。サキは家だけ残されて置いていかれたのだ。

 もし、連絡したとしても。
 私に好意を持っていない家族に一年もいなかった理由をどう説明するというのだろう。そう、サキは頭を悩ませた。

 サキはその答えを出せなかった。
 どんな理由をサキが説明しようとも、男とか、それに似たような不適切な理由しか、家族たちはきっと想像しないだろう、そう考えたからだ。

 それから一年、結局両親にも連絡せずに生活した。
 彼女の口座には、本来大学受験に必要な額と、大学に通うのに必要な額の両方が振り込まれていて、当面生きて行くには十分だと判断したからだ。

 連絡を一切しなかったのは、その口座からお金を引き落としても、光熱費を使おうとも、一切の連絡が向こうから来なかったから。

 希望も失せ。
 愛を請う力も失せ。
 すでにサキの心は渇ききっていた。

 そんなある日、再び天上から召喚の光が降ってきた。

 その光を見ると、また、この世界から引き離されるのだと考えると、やはりもう一度家族に会いたかったんだと、本当の気持ちがわき上がってきた。

「えっ、やだ、まだ、家族に会ってない。ただいまも、お別れも、言ってない。私が欲しいのはその迎えじゃないぃ!」
 駄々っ子のように泣き叫びながら、召喚の光に抗おうとしてその光をひっかいても、なんの抵抗にもならなかった。
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