生け贄供物の花嫁のはずが鬼ぎつねさまに溺愛されています

第1話 仮り初め契約の花嫁さま

 私は唯結《ゆゆ》です。

 名前の唯結というのは、私のお母さんと顔も知らぬ父親が、色んな思いをこめて付けてくださったそうです。

 私のお父さんはいったい誰なんだろう?
 名前は?
 お父さんは姿はどんなお姿をされているのかしら?
 会ったことがないので、姿かたちを輪郭付けるのは想像でしかありません。もどかしいかぎりです。
 お父さんは、どこに住んでいらっしゃるのでしょう。
 そもそも生きていらっしゃるのか、考えたくありませんがそれとも……。
 母以外は、父の名も所在だって、誰にも行方や正体は分からぬことでした。
 

 お母さんが亡くなってからは、私には仲良しな人はお志津《しづ》さんというお女中仲間しかいませんでした。

 それが今は……。

「おはよう! 唯結さん。今朝も早いですね。体調はいかがですか? まだまだ寝ていてもぜんぜん良いんですよ?」
「陽太さん、おはようございます」

 朝一番に台所に行くと、割烹着姿の旦那さまがいます。
 陽太さんです。
 私の……旦那さま……。
 こちらに振り返り、にっこり笑った陽太さんは、太陽みたいに明るくて眩しいです。
 名前が陽太さんって、ぴったりだなあって思います。

 私は朝起きて、目が覚めても、ここにいることが夢じゃない事実にホッとしていました。

「どうしました? 柚結さん? もしかして……。やっぱりまだ具合が芳しくないのでは?」

 陽太さんは鍋のそばに箸を置き、私に近寄って来たかと思うと……。

「きゃっ……」
「ちょっと熱いかな」

 あろうことか陽太さんは私と、おでことおでこをくっつけたのです。
 あわわわっ、陽太さんの顔がこんなに近くにある!

 ち、近すぎて、ドキドキしますぅ。

「あっ、あのっ、大丈夫です! 私はもう元気ですからっ。すっかり具合がいいです。陽太さんたちのおかげで……」
「無理しないでくださいね。うーん。それじゃあ、唯結さんは大事をとって、春乃と風葉が起きるまで一緒に寝ててください」
「いえっ、あの……。朝ご飯の支度、私も手伝います!」
「いいんですよ。いつもやってますから。俺が朝ご飯作るから、唯結さん、もう少し休んでて。ねっ?」

 そんな甘やかされてしまって良いのでしょうか。だって仮病はいけません……。

「兄ちゃん、ソイツ体調はすっかり良いんじゃねえの? 額が熱いのは熱があるんじゃなくって兄ちゃんが無駄に近寄り過ぎなんだよ」

 次に台所にやって来たのは駿太郎さんでした。
 わたしの旦那さまの陽太さんの、すぐ下の弟さんです。
 駿太郎さんはまだ、私とは心の距離があります。
 素性も分からぬ得体の知れない人間ですもの、当たり前ですよね。
 警戒されてしまっています。
 ちょっと寂しいです。

「駿太郎。唯結さんに向かってソイツ呼びなんてしないで。唯結さんに失礼だろ」
「あのっ、陽太さん。……良いんです、呼び名はソイツでも。私……、仕方ありませんもの。駿太郎さん、おはようございます」
「唯結さん、良いわけないじゃないですかっ! 駿太郎は『唯結さん』とか『唯結ちゃん』と呼びなさい」
「へいへい、そのうちね」

 駿太郎さんはズカズカと大股で台所の奥まで行き、パクっとできたばかりの卵焼きを食べました。

「駿太郎お前なあ。つまみ食いするなとは言わないが。……ちょっと食べ過ぎだろ」
「もごもご……、美味い美味い」

 ぱくぱくと食べ続ける駿太郎さん。
 陽太さんの作った卵焼きがあまりにも美味しくって、手が止まらないようです。
 そうです、陽太さんは料理がお上手ですもの。
 私がここに来て、いただいたどのおかずも、どれもほっぺたが落ちしまいそうなほど、美味でした。
 大きなお皿の上の卵焼きが駿太郎さんの口の中にどんどん消えていきます。

「いいじゃないの。それよかさ、兄ちゃんもソイツと、朝から……仮り初めの夫婦のくせしてイチャイチャしやがって」
「「ええっ!?」」

 私と陽太さんは顔を見合わせました。
 焦った陽太さんの顔は熟した林檎みたいに真っ赤で、きっと私の顔も熱いから真っ赤なんだと思います。

 私は頬を両手で隠しました。

 はっ、恥ずかしいですぅ。
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