転生少女は貧乏領地で当主になります!~のんびりライフを目指して領地改革していたら、愛され領主になりました~

プロローグ

 松田(まつだ)このみは、目の前で唾(つば)を飛ばして叫んでいる男を、呆けた顔で見ていた。
 ふと、思い出す。自分が、さっきまで父の突然の失踪で泣いていたレティシア・ルコントだと。
 五歳の時にレティシアの母は若い男と駆け落ち。そして、今また父までもが隣国の貴族女性と恋仲になり、領地も何もかも放りだして愛の逃避行へ。
 親に置き去りにされた悲しみのレティシアに、ペンを振りまわし真っ赤な顔で怒鳴っているのは、叔父のヤニク・ワトー男爵だ。彼は父の弟で、自分をレティシアの後見人に任命しろと、父を失い泣いているレティシアに、脅しをかけている真っ最中。
「いいからここにお前のサインを書け!!」
 この国では九歳を過ぎると後見人は不要で自分の身の振り方を決められる。
 つまり、父のロジェ・ルコント伯爵の全財産がレティシア・ルコントへと相続されたのだ。
 自分が九歳で本当に良かった。でないと、今頃は問答無用で、この傲(ごう)慢(まん)な叔父がレティシアの後見人となり、全(すべ)てを奪われていただろう。
 急に泣き止み冷静になったレティシアにヤニクは、さらに勢いをつけ顔を近付けて罵(ののし)る。
「お前のような役立たずな子供が、ルコント家の領地を運営できるわけがないだろう。たった一人でどうするんだ!?」
(ああ、本当に唾が臭いわ)
 レティシアは眉をひそめて叔父と名乗る男を見た。
(ホント嫌だ。お父様より五歳も若いというのに、デップリ太って手も洗っていないのか、爪の中も汚れている)
 レティシア自身も、前世は人のことなど言えたもんじゃないほど、汚れた部屋に住んでいた。
 だけど、自分のことは『棚にあげる主義』である。

 松田このみ、二十七歳。根っからの社畜。店舗開業支援会社勤務。
 クライアントのニーズに合わせた立地から店舗、改装、商品構成、開店準備、オープンまで手配する会社で常にトップの成績を独走。
 手掛けた店舗は花屋、雑貨屋、ペンション、カラオケ、レストラン等々。
 彼女がプロデュースした店は好調な売り上げを見せ、クライアントからは絶大な信頼を得ていた。
「松田課長、坂(さか)下(した)様から内装の壁紙を変更したいとお電話があり、十五時に来店したいとのことですが……」
「じゃあ、十五時にショールームにご案内できるように予約を入れておいて」
 会社では完璧主義者。しかし、その実態は家に帰れば、穴の開いたトレーナーに、髪は無造作にゴムで一つに括(くく)る。
 そのトレーナーもここ二週間、洗ってない。そんなことなど日常茶飯事で、食事も基本はインスタントラーメン。
 万年床の布団に倒れるように眠り、土日も資料作りを趣味としている。
 クールビューティと思われていたが、ものは言いようだ。単に表情筋を動かすのも面倒だっただけなのだ。仕事以外は全てが面倒臭がりなので、恋愛なんぞは生まれてこの方したいと思ったこともない。
 そう究極の社畜プラス干物女。既にカラカラに干からびて、もう七月だというのに未(いま)だにこたつを片付けられないでいるほどだ。
 あの日も缶ビールのフタを開けて、邪魔になったこたつを足で部屋の隅に追いやり、ごろんと寝っ転がった。
 そこまでは覚えている。
 そして、次に起きた時には臭い唾が舞っている現場だった。
「ああ、そうだわ。さっきまで本当に悲しかった。女にだらしがないけれど、優しかった父がいなくなったと聞いたところなのに……悲しむ間もなく『サインしろ』と喚(わめ)き散らす叔父に泣かされて……」
 ぶつぶつと呟(つぶや)きながら爪を噛む姪を気味悪がり、今度は優しげな声で諭(さと)すように書類を出すヤニク。
「お前一人では、生きていくこともできないんだぞ。屋敷の使用人は全て、私の屋敷で雇うことになったのだから」
 微笑む叔父の顔には、勝ち誇り蔑(さげす)む色が隠れず滲(にじ)み出ていた。
(そうね、前世を思い出していなければ、子供のレティシアが一人で生きていくなんて無理だったわ。ふふふ、でもね。中身は大人なのよ。ああ、言ってみたい台詞(せりふ)!! 『見た目は◯◯、頭脳は……』)
 やってみたかったが、諦める。
 このような緊迫した場面でやっちゃうと、『は?』とドン引きされてしまうだろう。
 それにしても……とレティシアは使用人たちの顔を一人一人確認した。
 皆、レティシアと目が合わないように俯(うつむ)くか、顔を逸らす。既に、使用人は全て買収されているようだ。
 つまり、この屋敷に残ってレティシアを手伝ってくれそうな者はいないというわけだ。まあ、これは仕方ない、とレティシアは諦める。
 良識ある大人なら、この先こんな子供を主人として雇われるなんて、不安しかないだろう。
 一人として残らないのか……道理でヤニクが意地の悪い嗤(わら)いを浮かべているわけだ。
 これはこれでいいかもと、レティシアは吹っ切った。
 この機会に、お一人様を満喫できるのでは?と目を輝かせる。
 先ほどまで頼りなげに泣いていた子供が、瞳に強気な光を宿したのだ。ヤニクは背筋に嫌な寒気を覚えた。
「子供が領地の管理をできると思っているのか? 遊びじゃないんだぞ!!」
 再びヤニクは怒号交じりの脅迫に切り替えて、書類をレティシアの顔近くに突きつけた。
「ええ、ヤニク叔父様。領地の経営が子供のお遊びでできることではないと理解していますわ。だからこそ、私がやらなければならないと気が付きましたの」
 凛(りん)とした佇(たたず)まいで、ヤニクから突きつけられた書類を奪う。
「おい、こら!! その書類を返せ」
 サインを迫った用紙は二枚あった。その奪った書類には、一部金箔が貼られており、しかも現在のラシュレー王国国王の横顔が印刷されていた。でも見るのはそこではない。
 そこに書かれた内容をじっと読む。
 ふむふむ……。
 なんじゃこれぇぇぇ?
 この書類はヤニクを後見人に指名するものではない。父の財産を全て放棄し、伯爵家をヤニクに譲渡するものだ。
 しかも、もう一枚にはレティシアを知らない貴族に嫁(とつ)がせると書いてあるではないか!!
 もしくは、王子宮で働きその給料を全てヤニクに渡すとあった。まさに、理不尽極まりない内容だった。
 あまりのことに手が震えるレティシアを見て、ヤニクが訝(いぶか)しげに眉をひそめた。
「おまえ……まさか字を読めるのか?」
 焦っているヤニクに、こっちが驚く。
「何を言っているの? 字が読めるなんてそんなの当たり前……」
 ここで、レティシアの日常を思い出した。
 母はいない。父も恋愛に忙しく、娘に家庭教師をつけることなく放置。
 字を習っていないと、使用人から聞いた叔父は、それなら適当に騙(だま)して書類にサインをさせてしまおうと、考えていたようだ。
 あれ?
 レティシアが頭を抱えて悩む。
(習ってもいないのに、字が読めるぞ)
 そのことに驚愕しつつ、中身は立派な大人だったので、これまでの見聞きで文字を習得していたようだ。だが、事実をここで明かすつもりはない。
 さらにレティシアはもう一つ、真実に気が付いた。
 あれあれ?
 この書類の内容に見覚えがあった。
 それもそのはず。それは、前世で読んだ小説の内容と全く同じだったのだ。
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