辞書には載ってない君のこと
「あの子いつも借りに来るよね」


わざと?聞こえるように言ったのかはわからない、でもハッキリと私の耳に入って来た。


「辞書忘れすぎじゃん?」

「毎回毎回ありえないよね」

「あっちゃん狙われてるんだよ」


ひそひそと噂されるような声がズキンッと刺さるように。

受け取った辞書が急に重く感じた。


「きっとあっちゃんに会うための口実だよ」


きっと中村くんにも聞こえてる…


私、そんな風に見えてたんだ…!

恥ずかしい、そんな風に思われてたとか…っ


「いろは?」

さっきまで楽しいと思ってたのに、ずしんっと空気が重くなって前が見えない。


顔が上げられない、中村くんの顔が見られない… 


どうしよう、もう何も言えない。

なんて言えばいいのかわからない。


私…っ


「ごめん!今日の現国辞書いらないんだった!」

ぐいっと貸してもらった辞書を中村くんに押し付けた。

「え?いらない時ってなくない?」

「あるの!今日はいらないの…!」

でも前は向けない。

ずっと俯いたまま、両手を伸ばして中村くんに辞書を無理やり返した。


無理やり…っ 


せっかく貸してくれた辞書だったのに、中村くんの優しさを踏みにじるみたいで。

その場を走って逃げちゃった。
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