その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

59 嫌な予感【ラッセル視点】

♦︎♦︎

観劇の後、ティアナを伴い食事に向かった場所は最近オープンしたての珍しい外国風の料理が味わえる店だった。
開店したてとあって予約はなかなか取れないのだが、そこはクロードが頑張ってくれた。

というのも。我がロブダート家の事業にこうした新鋭の店舗を支援する仕事もあるため。視察を兼ねて、という名分を取っているのだ。

どちらが口実か、と言うのはさておき、斬新な味付けながらそれでもこの国の人々が食べやすくアレンジしている料理はティアナも気に入ったらしい。
もし、支援する事ができるので有れば是非やりたいと言って、食後に挨拶にやってきたシェフと詳しく話をする機会を設ける段取りまでつけてしまった。


そうして大満足な様子で、帰宅する馬車の中、少しワインを飲んでいた彼女はうとうとしながら、俺の肩口で微睡んでいる。

伏せた長いまつ毛に、いつもより少し赤い頬。安心し切ったその無防備な姿がとても可愛らしく、この姿を見られるのがこの世界で自分だけである事に言い知れぬ悦びを感じる。

本当は心まで委ねてくれたなら、更に良いのだが……

前回のアドリーヌの件にしても、グランドリーの件にしても、彼女はどこか遠慮していて溜め込んでしまう節がある。

事業の事や事務的なことに関しては、しっかり相談してくれるのに、自分の事になると途端に遠慮がちになる。

もっと頼ってくれてもいいのに……まだ、俺はそこまでの信頼に値しないのだろうか?


ガタリと馬車が揺れて、ティアナの身体がずり落ちそうになるので、慌てて抱き止める。

ふわりと、彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。

抱き寄せた肩から、スルスルと彼女が羽織っていたストールが落ちてゆく。最近まとめて新調したうちの1着、夜色のオフショルダーのドレスは、彼女にとてもよく似合っていた。

ザックリと背中が開いたデザインは自分の希望で取り入れた。領地でのお披露目のパーティーの際に来たドレスの背中のラインがあまりにも美しくて、こちら用の物も作るように指示をした。

「あまり露出しているものは、恥ずかしくて!」

そう言ってストールでしっかり身体を覆ってしまったのが勿体無い。しかし、流石に夜も遅くなると冷えてもくるから、やはり必要ではあったのだろう。

拾い上げてもう一度ティアナの肩にかけてやると、また彼女の寝顔を眺めた。


この所随分と忙しくて、2人でゆっくりする時間が取れなかったから、今日こうして出かけられたのは本当に良かった。

本当ならば、彼女には一つ報告する事と聞かねばならない事があり、帰りの馬車ででも、と思っていたのだが……

やはり辞めておこう。


折角リラックスした楽しい夜だ。あの事に触れて彼女の顔を曇らせたくない。

そう急ぐ話でもないし、自分が少しだけヤキモキする日が増えるだけだ。それ自体も信憑性のない憶測な話なのだから、下手に彼女の耳に入れる必要も無いのかもしれない。


しかし


リドック・ロドレル……嫌な予感がする。
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