その溺愛、契約要項にありました?〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

69 エリンナ【ラッセル視点】

「ロブダート卿ですよね? ティアナのご主人の……」

公爵邸の廊下の一角でそう呼び止められたのは、晩餐会の日の昼過ぎだった。

ギョッとして振り返ると息を切らせたエリンナ嬢がいて……

「っ、そう、ですが……」

驚きつつも返答を返すと彼女は、辺りを気にするように視線を巡らせて近づいてくる。

「時間がないの! あなたに伝えておかないといけない事があるんです! その……ティアナのことで!」

「妻の事ですか?」
問い返すと彼女は神妙に頷いた。

その時廊下の奥(おそらく角の向こう側だろう)から複数の人の足音と声が響いてくる。

それと同時に……

「っ、もうっ! 気づくのが早いのよっ!」
彼女が苛立ったように毒づくので、どうやら彼女はあの声の主達を振り切ってここにきている事が分かる。 


もうそれほど猶予がないと思ったのだろう。彼女はもう一度しっかり俺に向き直ると

「ティアナとは、王立学院の時の同級生なんです! 彼女とスペンス家のリドックの事で耳に入れておきたい事があります。時間を……晩餐会の後にいただけませんか?」

一気に要望を捲し立てた。

「晩餐会の後ですか? しかし…… 」

流石に異国に嫁いだ夫のある女性と妻帯者である自分が夜に密会というのはまずいのではないだろうか?

そう不安に思ったのが表情に出たのか、彼女は「大丈夫です」と食い気味に声上げた。

「私の夫も同席させます! そうでないときっと許しは出ないので……」

「ロードモンド卿が⁉︎」

彼女の言葉に目を剥く。ロードモンド辺境伯といえば、隣国ではかなりの有力者である。そんな人が、妻が友人の夫と話をするために時間を割いて付き合うのだろうか。

「あぁ! こんなところにおられた!」

「奥様! 突然いなくなるのはおやめ下さいと何度も!」

バタバタバタと複数の足音が近づいてきて、廊下の角からメイドの一団が姿を表し、こちらに足早に向かってきた。

その様子に面食らうが、目の前のエリンナはすでにこちらに背を向けて踵を返していた。


「ごめんなさい! 最近結婚した友人のご主人のお姿があったので、一言お祝いの言葉を伝えただけよ!」

まるで彼女達に俺の事を深く認識させないような振る舞い。どうやら今自分と二人でいることが、彼女側としてもまずいらしい。
それを推してまで話したいような内容なのだろう。

内容はティアナとリドックに関する事である以上、俺が彼女の話を聞かずにスルーするという選択肢はない。

とにかく彼女の夫も同席すると言うのであれば、あらぬ誤解を受ける心配はないだろう。

しかし……


「そろそろ晩餐会の準備をしないといけない時間ね! 部屋に戻りましょう」

メイド達を、今来た方向に押し戻していくエリンナの背中を見送りながら考える。

いくら元々はこの国の公爵家の御令嬢であったとはいえ、現在の立場は異国の要人の妻なのだ。
しかも彼女は、結婚前に殿下と恋仲だったわけで……

万が一なんらかのトラブルが起こった場合のために、こちら側も一人連れていた方がいいのかもしれない。

少し考えた上で、俺はディノに護衛兼証人として近くに潜んで待機してもらう事にした。
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