あなたに夢中
渡辺君はメガネをはずした顔を褒めてくれたけど、それがリップサービスだということは充分承知している。
お世辞を真に受けないように気を引きしめ、彼に向かって手のひらを差し出す。

「メガネを返してください」
「はい。どうぞ」

渡辺君が手のひらにのせてくれたメガネをかけた瞬間、ぼんやりとしていた視界がクリアになり、端整な顔が目と鼻の先に迫っていたことに気づく。
こんな至近距離で、じっと見つめられたら心臓がもたない。
乱れる鼓動をなだめるように胸に手をあてる。

「ん……。やっぱ俺はメガネなしの方がいいと思いますけどね」

動揺している私とは違い、渡辺君は姿勢を正してなにごともなかったようにパンケーキを食べる。
イケメンなのに気取らず、内向的な性格の私にもわけ隔てなく接してくれるのは女性の扱いに慣れているから。『かわいい』と言えば、女性は喜ぶと心得ているのだろう。
恋愛スキルの高そうな渡辺君と、人付き合いが苦手な私。
同じ職場で働いているということ以外、共通点のないふたりがカフェで向き合っているなんてなんだか不思議だ。
妙な巡り合わせをおかしく思いつつ、パンケーキを頬張った。
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