あなたに夢中
なにがなんだかわからず混乱している私を無視したまま、渡辺君は通路を進んでエレベーター前で手を離す。

「俺、次は甘いものじゃなくて、普通の食事に行きましょうって言いましたよね?」
「そうだけど……」
「ちょうどいい機会だから、今から行きましょう」

今朝、通路でバッタリ出くわした際の出来事を思い出す。
あのときはたしかに社交辞令のつもりだったかもしれないけれど、今は残業を押しつけられた私をオフィスから連れ出すためのいい理由になると思いついたのだろう。

「堀田さんはなにが食べたいですか?」
「えっと……」

会社帰りに同僚と食事に行くのは初めて。
まだ心の準備が整っておらず、なにを食べたいか聞かれてもすぐには答えられない。
返事に困っていると、渡辺君は切れ長の目を細めてクスッと笑う。

「お任せでいいですか?」
「お願いします」
「はい。わかりました」

気遣い上手な渡辺君を心強く思いながら、五階に到着したエレベーターに乗り込んだ。
< 17 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop