あなたに夢中
始業開始時間前にもかかわらず、渡辺君はすでに仕事に取りかかっている。
テキパキと業務をこなす彼を横目に準備を整えていると、ある疑問が頭に浮かぶ。
御曹司である彼は次期社長になる人物。花形の営業部やエリートが集まる人事部で働いた方がキャリアを積めるはずなのに、雑用係と揶揄(やゆ)されることが多い総務部に配属されたのはどうしてだろう。
あれこれ考えを巡らせていると、内線電話の呼び出し音が鳴る。

「はい。総務部、堀田です」

今は仕事中。公私混同してはダメだと気持ちを切り替えて業務に集中した。

昼休憩になり、社員食堂で大好きなブリの照り焼きを食べていても、渡辺君のことが頭から離れない。
二十三歳の彼が母親の誕生日にハイブランドのスカーフをプレゼントできるのは金銭的に余裕があるからで、食事の会計をスマートに済ませられるのは父親である社長の姿を見て学んだのだと今になって気づく。
気さくに話しかけてくれるからといって、ただの社員である私が御曹司の彼に馴れ馴れしくしてはいけないし、恋愛感情がないのに周りの人たちに玉の輿狙いだと勘違いされるのは心外だ。
これからは渡辺君と距離を置こうと心に決めて食事を続けた。
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