神獣の花嫁〜さだめられし出逢い〜
「……だ、だめ……」

おびえきった、可愛いらしくもか細い声。
震えながらすそを引いてくる手指は、仔猫のように小さい。

「あんたは、そういうキャラじゃない、よ……」

見上げてくる瞳に浮かぶ、切実な想い。
一方的に手を下すことをよしとしない心根。

「殺しちゃ、だめ」

───この(こころ)を支配し、束縛する、ただひとつの存在。
めぐり逢えた奇跡に感謝して、側に留め置きたい衝動を何度こらえたことか。
それでも、彼女が望むなら彼女が『在りたい』と思う世界へ送り出すのが、己の存在意義。

荒く憤る感情をおさえこんで、息を吐く。

「……アンタが、望むなら」

それを叶えるのが、“神獣(じぶん)”なのだ──。

 
       *


(……こわかった……)

手負いのキツネだと思ったのが妖狐という物ノ怪で、さらに襲われかけたことが、ではない。

「大丈夫?」

自分をのぞきこむ女装いと女の口調で話す『男オンナ』の本性を見たことが、だ。

“契りの儀”で美穂の目の前に現れた、赤き“神獣”。
体毛は古くから毛皮とされ高値がつくほどの美しい模様。
だが、肉食草食問わず己がもつ牙と爪とで一撃必殺で仕留める、ネコ科の獰猛(どうもう)な獣でもある。

(虎、なんだ)
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