純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

油断


鈴木は、それからも相変わらず平然とした様子で店にやって来た。マスターからやんわりと注意されたにも関わらず、である。鈴木にしてみれば、その行動は単なるコミュニケーションだという認識だったのだろう。

後から思い返すと、「それはセクハラです!」と声を大にして拒否すれば良かったのだと思う。けれどその頃の私にとって、その一言を口にするのは非常に勇気がいることで、うやむやな態度でその場をやり過ごすことしかできなかった。

そんな私の態度が鈴木を助長させてしまったのかもしれない。

鈴木は私に連絡先を聞くのを諦めなかった。マスターや金子の目を盗むようにして、この後一緒に飲みに行こうよと、ねっとりした目でしつこく誘ってくるようにもなった。

鈴木に絡まれた場合、マスターか金子を呼ぶという暗黙のルールがあったとはいえ、二人だって忙しいのだ。常に私に注意を払っていられるわけではないし、タイミングが悪い時だってある。

当然私自身も気をつけてはいた。鈴木の周りに誰もいないような時には、できるだけ彼の傍に近寄らないようにしていた。

自分では、それほどあからさまな態度に出していたつもりはなかった。けれど私をよく見ていたであろう鈴木は、私の様子がこれまでとは違うことに気づいていたかもしれない。

その日の鈴木は、珍しく私に絡んでこなかった。小一時間はいただろうか。いつもより早い時間に、彼はマスターに声をかけて支払いをすませる。

その時カウンターの内側にいた私は、偶然鈴木と目が合ってしまった。彼の目を避けるように、慌てて頭を下げながら言った。

「ありがとうございました!」

「帰り道、気を付けて!」

私とマスターの言葉に、彼は穏やかな声で返した。

「ごちそう様」

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