ネゴシエ〜タ〜のくるみちゃん

立て篭もり事件発生

 激昂する俺。

「お前、今なんて言った? この女の子が交渉をするだと? ふざけてる場合じゃないんだぞ?」
 そして腹が立つ程の、ドヤ顔に近い真顔で答える部下。
 「恐れ入ります。この女の子は警視総監の娘さんの親友のお孫さんのお嬢さんです。あまりぞんざいな扱いはされない方が良いかと?」
 つまり、警視総監とは全く関係ない赤の他人じゃないか。

 ◆◇◆◇◆◇

 10月某日19時19分
 とある地方銀行にて立て篭もり事件が発生。
 猟銃と時限爆弾らしきを持った男が、支店長である男性行員一名、女性行員四名を人質にしている。
 発生から30分が経過。
 シャッターが閉まった入口、普段はガラス張りの壁もブラインドが下がって中の様子を確認出来ない。
 しかし銀行周辺はすでに包囲を完了している。空を飛べる鳥以外は脱出など出来ない状況だ。
 更に周辺にはジュラルミン製の盾を装備した機動隊メンバー、特別狙撃班のメンバーも複数人配置し、最悪の場合は強行突入や銀行の窓から覗いた犯人を狙撃する事も視野に入れている。
 現場周辺は郊外に位置する為、普段はのどかな田舎の銀行だが、かつてない張り詰めた緊張感に包まれていた。

 現状の対応として、まずは銀行の固定電話にて、犯人との接触、そして何でこの様な馬鹿げた事件を起こしているのか? つまり犯人の要求を確認し、突破口を見出そうとしている。
 現場、道路挟んで向かい側の店舗に緊急の捜査本部を置き、警部である俺――徳川春男45歳独身は交渉にあたっていた。
 ●犯人の要求
 ①10億を紙幣で用意
 ②逃走用の飛行機を用意
 ここまで最初の接触ですんなり確認出来た。
 そして二回目の電話。
 人質の安否確認。
 『人質は全員無事なのか?』
 『金は用意出来たのか?』
 『……人質の無事が確認出来たら金を用意する』
 『は? なんだ偉そうにお前は? 俺に指図すんじゃねぇよ! 五時間以内に金を用意しなければ人質の命はない』
 『無事な証拠を出してくれ』
 『うるせぇ!』

 バーン!

 銃声が響き渡る。 
 捜査本部内は放心状態の者が多数、銀行前に取り囲む警察関係者、報道陣、野次馬からはどよめきと悲鳴も飛び交う。
 犯人は極度の興奮状態だ。
 聞く耳を持たない。
 状況は最悪だ。

 トントン――
 肩を叩かれた。
 だが、随分小さな手の様に感じた。
 俺の頬に指が食い込む。
 つまり、叩いた肩の小さな手は人差し指だけ、立てていた。そして振り向いた俺の頰は指がまんまと突き刺さったのだ。
 もちろんお察しの通り、頬に指が食込んだまま話せば以下の様になる。
 「にゃ、にゃんだおみゃえは?」
 (な、なんだお前は?)
 「ごめんね。一度大人にやって見たかったの」 
 「警部。県警からネゴシエーターが到着しました」
 視界には女の子。
 ウフフと笑いながら両手を口に当てている。
 可愛いのかはわからん。
 学校帰りなのか制服姿だ。
 そんな事はどうでもいいんだよ! 
 「なんだって? この女の子が交渉をするだと? ふざけてる場合じゃないんだぞ?」
 「恐れ入ります。この女の子は間違いなく、県警から派遣された警視総監の娘さんの親友のお孫さんのお嬢さんです。あまりぞんざいな扱いはされない方が良いかと?」
 つまり、警視総監とは全く関係ない赤の他人じゃないか。
 そんな事はどうでもいいんだよ!
 「俺が聞きたいのは、何故県警から派遣されたネゴシエーターが高校生の女の子なのかと聞いてるんだ!」

 ネゴシエーター
 主に立て篭もり事件などにおいて、人質の安全確保と救出を目的とし犯人と直接やり取りを行い、渡り合う交渉のプロフェッショナル。
 「警部、高校生ではありません。中学生です。三年生です」
 「ねぇ、警部さんの名前は?」
 部下に激昂している俺を怖がる様子もなく、制服の女の子はタメ口で俺に問い掛けた。
 「……徳川だ」
 「フルネーム」
 「……徳川……春男だ。お嬢ちゃん。君は本当に県警から?」
 「そだよ。青森くるみ――」

 プルルルル……

 「あ、電話だよ。犯人じゃない? 春男、出ないと」
 45のおっさんを呼び捨てか……と言う違和感。しかし、そのまま電話に出る。
 『はい、本部』
 『おい! 飛行機は変更だ。逃走用の車を用意しろ』
 『わかった。考慮する』
 『考慮する? なんでお前はいちいち癇に障る言い方をするんだ? いいか? 要求を飲まなければ人質の命はないぞ』
 バーン!
 再び銃声。 
 駄目だ。
 俺はガチャ切りされた電話を終えた後、ため息と共に思わず眉間に手を当てた。
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