二度目の嫁入りは桜神の街~身ごもりの日々を溺愛の夫に包まれて~

17 桜の街

 退院から数か月が経ち、咲希はお世話になった医師に偶然出会って声をかけられた。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
 そのとき、咲希は丘の上にある会社の分所の敷地内で仕事をしていた。そこは植木屋が併設されていて、医師はその客として来たようだった。
 咲希は木に当てた聴診器から耳を離すと、笑顔を見せて言った。
「ええ、もうすっかり。先生のおかげです」
「私は大した力添えをしたわけではありません。咲希さんの生命の力です」
 ふいに医師は顔を上げて、目を細めた。
 軽やかな足音が近づいて来る。咲希が振り向いてほほえむと、その声は言った。
「お母さん! お昼だよ」
 咲希の袖を引いて弾んだ声を上げたのは、園児ほどの年頃の男の子だった。青慈によく似た涼しげな目元に、子どもらしい色づいた頬をしていた。
 咲希はその手を取ってうなずく。
「今行くわ」
「早くね!」
 彼ははつらつと言葉を話し、ぱっと踵を返して走り去った。じきに少年と呼ばれる年頃にも見えた。
 咲希が彼を産み、退院したのは数か月前のこと。普通の子どもの成長と違ったとしても、咲希が彼に抱く愛おしさには何も変わりはない。
 医師はまぶしそうに少年の後ろ姿を見送って言う。
「宝石みたいな奇跡ですね」
「私も化学者です。異種同士が生を結ぶのはとても難しいと承知しています」
 青慈とその子は、咲希の知る人とは違う。神とも精霊とも呼ばれる、異種のものだ。
 けれど咲希と青慈は境界を越えて結ばれた。そのことを少しも後悔していない。
 咲希は自分の胸に手を当てて、その心を告げる。
「愛しています。あの子も、夫も」
 医師は敬意を払うように頭を下げて、丘を下って行った。
 咲希は白衣を脱いで伸びをすると、午前の仕事にきりをつけて頂上に足を向ける。
 風の匂いは淡く、金色の光の中で木々が揺れている。白嶺街の春は生命の彩り豊かで、動植物が生き生きと伸びていく。
 子どもが生まれたとき、青慈がそっと教えてくれた。咲希を手酷く扱っていたかつての婚家では、咲希が亡くなってまもなく病気が流行り、霧が散るように家系が途絶えたのだと。
 けれど優しい夫と元気な息子と、にぎやかに暮らす今の咲希には、それはただの過去の人々だ。
 咲希と、丘の上から青慈が呼ぶ声が聞こえた。おいで、お昼にしよう。途中から笑い声になったのは、息子に飛びつかれたからのようだった。
 咲希は頬を上げて、まもなく抱きしめる存在を想う。
 自分は白嶺街の一人の住人。木に抱きしめられて、花を咲かせた命の一つ。
 今日もありふれた幸せに頬を寄せようと、咲希は丘を上って行った。
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