次代に繋ぐ想いの丈。

第0話 序章。



西暦239年01月22日の早朝、

曹叡にとって2番目の皇后である
郭累《かくるい》…字は夜鈴《イーリン》は寝ずの看病をしていました。

郭累「陛下、私が看病しますので、
安心して養生して下さいませ…」

自らの築き上げた豪奢な宮殿である
蒼穹之宮で間もなく最期の時を
迎えようとしている曹叡は…

曹叡「夜鈴、すまぬが…
万姫と仲権を呼んでは貰えぬか?」

もう既に父母を亡くしている曹叡にとって唯一の肉親と呼べる人物であり
異父妹でもある曹鷲…字は万姫《ワンチェン》とその夫である夏侯覇…字は仲権を呼んで欲しいと懇願しました。

郭累「まだ早朝ではありますが
雹華に聞くだけ聞いてみましょう。」

郭累は軽く頭を下げると…
官女である雹華《ヒョウカ》の元へと向かいました。

雹華「皇后様、
まだ早朝にございますよ?」

雹華《ヒョウカ》…曹休…字は文烈の娘だからこそ馬の扱いが武将並に上手いのだが官女であるため普段は馬に乗る機会など全くない…。

郭累「ごめんなさいね、ただ…陛下の願いだけは出来る限り叶えて差し上げたいのよ…」

雹華は郭累の言葉を聞くと、
悲しげな顔をしていました。

雹華「皇后様がそのように仰せとはつまり…もう陛下の命は長くないという事かしら…?」

郭累はその問いには俯いたまま
何も答えませんでした。

雹華「ならば…仕度をして急ぎ
夏侯家の屋敷へと向かいますわ…」

官女である雹華ではありますが…
前述した通り今は亡き曹休…字は文烈の娘であるので馬の手綱を握るのは…お手の物でした。

雹華「父上が誰より慕っていた先帝と初代の皇后様のすれ違いにより悲しく歪んだ陛下の人生…その中で…」

誰よりも愛情を注ぎ、
誰よりも幸せを願っているのは…

曹鷲「雹華、どうしたの?」

曹鷲…字は万姫《ワンチェン》と、

夏侯覇「ちょいちょい…今何時よ?
眠くて仕方ないんだけど…雹華…。
それと気になっていたんだけど…
曹家の娘ってやっぱりじゃじゃ馬が
多いの?」

夏侯覇《かこうは》…字は仲権は、
曹休の娘である雹華と曹丕の娘である曹鷲の事をマジマジと見つめながら
そんな失礼な事を口にしていました。

しかし…

雹華「朝早くから申し訳ありませぬ…
実は…陛下が危篤状態でお2人にお逢いしたいと強く願われています。」

曹鷲にとって唯一愛して貰った肉親で
曹鷲と夏侯覇を添い遂げさせるために
帝位に就いたくらい曹鷲の事を大切に思っている曹叡が危篤状態になっているのに…

曹鷲「仲権様と遊んでいる暇など
今はないわ。」

夏侯覇「そうだな…って
遊んでないからな…俺は決して…」

曹鷲と雹華から冷たい対応をされ…
落ち込んでいる夏侯覇はさておき…

曹鷲「ブツブツ言ってないで
早く乗って下さいな…仲権様。」

夏侯覇「はいはい…乗りますよ。
陛下の妹君は基本的に…」

雹華「文句を言ってないで
急いで下さい、仲権様。」

ちなみに…曹操の父親である曹嵩は
夏侯家から曹家に養子として迎え入れられているため…

この3人は親戚関係であるので、
集まると基本的に…

雹華「急がないとまた
皇后様に叱られてしまいますわ…」

お喋りが止まらず郭累からいつも

郭累「仲が良いのは結構だけど…
あなた達はお喋りが…長いわよ…」

お叱りを受けてしまうのでした。

それと…

曹鷲「兄上様がお待ちになられているのだから急がなくちゃならない事を今になって気づきました…」

雹華「また叱られてしまいます。
慌てて急いで行きますよ…!」

夏侯覇「ちょいちょい…雹華。
慌てると急ぐは同じ意味だよ…」

雹華「仲権様、何でも良いので
早く馬車へお乗り下さい…」

こうして夏侯覇と曹鷲の乗った車を
雹華の愛馬が引く形をとると…
一行は曹叡の待つ蒼穹之宮へと
急ぎ向かう事にしました。

すると…

郭累「雹華、ありがとう。
ご苦労様でした。」

2人目の皇后である郭累…字は夜鈴が門の前で皆を待っておりました。

雹華「皇后様、
有難き御言葉にございます。では、
車をいつもの馬車へ戻しますね…」

郭累「お願いしますね、雹華。」

そして…夏侯覇と曹鷲の夫婦は、
雹華が車をいつもの場所へと戻している間に曹叡の元へ向かう事にしました
 
曹鷲「兄上様…陛下は…」

正式には〈異父兄〉ではありますが、
曹叡は書類上では曹丕と甄貴の子ですので兄上と呼ばなければならないのでございます。

郭累「御案内致します。」

2人の前を導くように歩く郭累は、
寝ずの看病をしばらく続けていましたので何だかフラフラしていました。

曹鷲「…皇后様、大事ありませぬか?」

それに気づいた曹鷲が
郭累を支えると…

郭累「陛下は悲しい人生を過ごして来られましたので…私は最期まで陛下に寄り添っていたいのでございます。」

郭累には愛する人を最後まで守り抜くという強すぎる覚悟がありました。

すると…

夏侯覇「俺達が所帯を持つ事が出来たのは…陛下のおかげだからなぁ、御礼を申し上げたいと常日頃より思っていたんだ…」

曹鷲は郭累の案内で曹叡が休んでいる寝室へ向かいましたが…

曹鷲「仲権様は長い独り言が…
いつまでもかかりそうなので
放っておきますね?」

夏侯覇は長い独り言をいつまでも呟いておりましたので…置き去りにされてしまいました…。

夏侯覇「俺を置き去りにしないでくれ!」

夏侯覇が慌てて2人の後を追い掛けると郭累はある居室の前で止まりました

そこは…

〈蒼穹の間〉と書かれた札の掛けられた極めて豪奢な居室でした。

郭累「…夜鈴でございます、仲権様と万姫様をお呼びして参りました。」

居室の前で声を掛けると…
居室の中から曹叡の…

曹叡「…入るが良い。」

か細い声が聞こえて参りました。

曹鷲「兄上様、いえ…陛下は…」

郭累「危篤状態ですからか細いお声になられるのは…仕方ありませんわ…」

郭累から曹叡の症状を聞いたものの
曹鷲の脳裏には…

曹叡「仲権を好いているなら俺が…
いいや…朕が何とかしてみせる…」

元気な頃の曹叡の姿が
今も鮮明に浮かんでいるため…

曹鷲「まさか…そんな…」

気持ちに整理がつかない様子でした。

そんな妻の様子に気づいた夏侯覇は、

夏侯覇「見るまで納得出来ないんだろ?なら失礼するしか方法はないな…」

曹鷲が納得出来るように…
郭累に頭を下げてから

夏侯覇「失礼致します。」

ひと言断りを入れてから
蒼穹の間へ入りました…。

すると…

曹月鈴「仲権様、無礼ですわ。」

曹叡の貴妃であり位は美人の曹月鈴が
夏侯覇に対して文句を言いました。

曹月鈴は曹休の娘で
雹華にとって双子の姉になります。

ちなみに後宮での身分は昭華。

曹叡「月鈴、構わぬ。朕が入れと言ったのに2人を責めてはならぬ…」

曹月鈴が悲しげな顔をしながら
看病を続けておりますが寝台に横たわる曹叡は既に顔面蒼白状態でした。

曹鷲「兄上様、陛下!」

曹叡「万姫、落ち着いてはくれぬか?
朕の頭に響くのだ…」

曹叡が35歳の若さで最期を迎えようとしている事はこの場にいた皆、何となくではありますが分かっていました。

曹芳「…えっ?皇帝とは…まだ荷が…」

しかし…

曹芳は曹月鈴と曹叡の間に産まれた嫡男ではあるもののまだ7歳なので…

曹叡「司馬懿と曹爽に後の事は頼んでいるので夏侯覇と万姫も夜鈴と芳の事を宜しく頼んだぞ…」

補佐として曹爽と司馬懿に曹芳の事を託した曹叡ではありましたが…

司馬懿と曹爽は犬猿の仲と言わざるを得ない程仲が悪く…

郭累「太子の人格形成に難があってはなりませんので…人選に関しては…
何とぞお気をつけて下さりませ…。」

曹芳を養子として迎えている郭累も
そのように言わざるを得ないのですが

曹叡「…仕方あるまい…。」

危篤状態である曹叡に文句を言っても
今更何とか出来るはずもなく…

曹叡「35年の短き人生がもう終わろうとしているとは…早過ぎるものだな…今までの記憶が鮮明に脳裏を駆け巡っておるわ…」

もう既に曹叡の脳裏は…
走馬灯を見せ始めていました…。

曹叡「母上…」


















 























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