神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

《三》明確に引かれる境界線




「コクは何処だ?」
「……っ、あ、あの……お、『お役目』を、果たしに行かれ……かと、存じ、ます……!」

身支度のための角盥(つのだらい)を持ったまま、菫はひきつけを起こしたかのように百合子の問いに応じた。

震えた弾みにこぼれた水をふきながら、また、おびえつつ謝っている。

(本人に聞くのが一番かと思ったが……)

その前に周囲の者からも情報を得たかったが、菫から聞くのは難しそうだ。

「……この屋敷にはお前の他にも使用人がいるな? 以前話してくれた熊佐なる者をここに呼んでもらえるか?」

できるだけ優しい口調で話すよう努めたが、この少女のなかでは、もはや自分は恐ろしい女主人(あるじ)と認識されているらしい。

平伏したまま「承知いたしました」と応え、部屋を立ち去られてしまった。

ややしばらくのち、現れたのは。

「お初にお目にかかります、“対の方”様。
わたくしは、コク様の“眷属”で名を美狗(みく)と申します」

細面の、柔和な微笑みを浮かべる女、であった。




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