神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
❖夜は明けずとも、ふたりなら



琥珀(こはく)色をした月が照らす夜道。
まだ肌寒さを感じさせる夜気だが、酒の入った身はあたたかく、また、背負うぬくもりも心地よい。

「……とぉじゅうろ……」

耳に落ちる呼びかけは、愛しい者の寝言。

初めて真名(なまえ)が呼ばれた日のことは昨日のことのように思い返せるが、あれから随分と年月は経っている。

答えを要せずして、黒虎(こくこ)は己の(つい)となる者に話しかけた。

「百合。良かったのう……」

白い“神獣”の“花嫁”が、この“下総ノ国”に誕生した。
一時はどうなることかと危ぶまれたが、これで助けられる命は格段に増えるはずだ。

「わしらが担う“役割”も確実に減るはずじゃ。……ふたりで旅にでも出るかの」

冗談まじりのつぶやきが口から漏れる。

まだ見ぬ土地へ、足を運ぶ。
黒い“神獣”とその“花嫁”としてではなく。ただの男と女として、この“陽ノ元”にある国々を巡るのも、いいかもしれない。

(わしも百合も、この日を待っていたのかもしれぬ)

“役割”に縛られない日が来ることを。背負う罪を本当の意味で償うことができる日を。

(夜の闇を歩き、非情の刀を振るうこと)

それが課せられた自分たちの“役割”は、『治癒と再生』を司どる白い“神獣”とその“花嫁”たちとは、真逆の存在だ。
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