エフェメラ
 今朝、ポストを覗くと、ダイレクトメッセージの上に手書きの綺麗な字で宛名が書かれた水色の封筒が入っていた。それを見つけて、俺は嬉しくなった。機械的でなく、人の温もりを帯びたその文字は、一目見て誰のものかが分かった。
 娘の字だ。
 封筒に貼られた八十四円切手の梅の花を見ると、パブロフの犬みたいに年甲斐もなく口元がほころぶ。
 元妻と離婚したのは、娘が中学一年生になる頃だったから、もう六年前になる。娘からは、時折こうして手紙が届く。高校三年生になってから、戸籍から俺の住所を調べ、手紙を書いてみることにしたらしい。月に一度、大体中旬辺りに手紙が届いたり届かなかったりする。
 初めて手紙を見つけたときは驚いたが、嬉しくて俺はすぐに返事を書いた。もちろん、母親に気づかれないように、郵便局留めで返事をするのが常だった。電子メールやメッセージでのやりとりは、母親にスマホを確認されるから厳しいと言われ、古風な手紙のやり取りが一年くらい続いている。
 一体誰に似たのだろうと、水色の封筒を眺めながら思った。
 離婚したものの、父親ではありたいという見栄から養育費を月に八万円収めている。元妻は、俺のことをどう思っているのだろうか。恨んでいるだろうか。
 娘はお父さんがいないし、名字が変わったことを後ろめたく思っているかもしれない。自分の実家は普通の家庭だった。両親は今でも元気に生きているし、俺は大学まで出させてもらった。両親のような普通の人生が格好悪く見えたけれど、今となっては普通の難しさというものを痛感する日々だ。
 アパートの階段を上って、ワンルームの扉を開けるや否や手紙を開いた。シール式の封ろうが施されたそれは、はんなりと開いた。
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