ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

第十一話・元カノからの招待状

 帰宅後に川岸がすぐ食べられるようにと、穂香は時間を見ながらキッチンでポトフの鍋を温め始める。翌日が休みのオーナーが昼食にも食べられるように、少し多めに作っておいた。

「おかえりなさい。お疲れ様です」
「ただいま。田村もまだ食べてないのか?」
「はい。先にお風呂入ったんで」

 二人分の食器が並ぶテーブルに、川岸が少し驚いた顔をしている。時刻はすでに二十一時前になっているから、遅番で帰宅した時と同じくらいだ。先に食べてくれていいのに、と呟きながら、川岸がネクタイを緩めながら席につく。
 そんな彼の様子に、穂香は少し違和感を覚えた。何がと聞かれたら具体的には答えにくいけれど、いつもの彼とはどことなく違う気がした。

「オーナー、何かありました?」
「え、あ、いいや……」

 静かに首を横に振る上司を、穂香は首を傾げながら見る。普段もそこまで会話が弾んでいる訳ではないが、今日の彼は特に静かだった。絶対に何かあったと考えるべきだ。とは言っても、ただの居候の穂香にはプライベートなことを突っ込んで聞く権利なんかない。一緒に住んでいるとはいっても、自分達の関係はただの上司と部下だ。

 微妙な空気の流れる中、夕食を食べ切った川岸がようやく口を開いた。

「元カノから、招待状が届いてたんだ。ここを出てった後に付き合い始めた人と結婚するから、是非来てくれって」
「結婚式に、ですか?」
「ああ」

 一時は婚約までしていた相手からの久しぶりの連絡。それが別の男との結婚の報告だったから、ショックだったのだろうか。彼の表情から、かなり動揺しているのが分かる。ただそれがどんな感情から来てきるのかまでは察することができない。

「オーナーは、まだその人のことが好きなんですか?」

 だから落ち込んでいるのかと川岸へ問い掛けて、穂香は鼓動を速めながら彼の答えを待った。

「いや。それはない」
「じゃあ、行く必要なんて無いと思います。だって、元カレを呼ぶなんて、そもそも新郎に対して失礼ですよ。相手はまだ自分のことを想ってくれてるって自惚れてるんです、こういうのを送ってくるのって」
「……なるほど」
「捨てた人間には捨てられた人の気持ちは分からないんですよ」
「そうだな、田村なら分かるか」

 はい、と大きく頷き返した穂香に、川岸が声を出して笑う。穂香の方はまだついこないだのことなのに、自分よりもきっちりと気持ちの整理がついていることに驚いている風だった。それは多分、穂香に未練を感じる余裕が生まれないくらいのことを相手にやられたからだ。恨みこそすれ、復縁なんてありえない。裁判沙汰にしたっていいくらいなのだから。川岸達とは状況が根本的に全く違う。
 それでも川岸はホッとしたように言葉を漏らす。
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