イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.33:教えてくれないかな

 お昼休みの時間、私はいつものように柚葉と一緒にお弁当を食べていた。
 今日ハリー君は学食で食べている。
 宝生君もいつも通り学食だ。

 私はなかなか切り出せずにいた。
 でも、やっぱり聞かないと……。

「柚葉、あのね……お願いがあるんだけど」

「なあに?」
 柚葉は箸でつまんだ唐揚げを口に入れた。

「あのね、ちょっと……」
 私は顔を寄せて、手で手招きをする。

「ん?」
 柚葉も耳を傾けてきた。

「あ、あのね、メイクの仕方、教えてくれないかな」

「えーーーー!!!!」

 柚葉の絶叫が響き渡った。
 教室中の皆の視線が集中する。

「ちょ、ちょっと柚葉、声が大きい」

「あ、ゴメンゴメン」

 柚葉の声が小さくなった。
 しかしその興奮と好奇心は、逆に大きくなったようだ。

「え、なになに? どういうこと? 男? 男なの? 男でしょ? 誰なの? 男だよね? どこの男なの?」

 今、男って何回言った?
 小声だが、早口でまくし立てるように柚葉は聞いてくる。

「ち、違うから。そういうんじゃなくて……ほら、高2でこれからそういう機会が出てくるかもしれないでしょ? 私メイク道具、なにも持ってないからさ。だから色々と教えてくれないかな」

「あーそういうことね。いいわよ。プチプライスで揃えてあげる。今日の帰りにでも行く?」

「え? う、うん。頼めるかな?」
 ちょうど今日はバイトもない。

「うん、まかせて!」

 放課後、張り切る柚葉に引っ張られて、ドラッグストアへ直行した。

「100均でもいいんだけど、肌にあわなかったりすると困るしね。ちょっと予算は高くなるけど、安めので揃えるから」

 そう言って、買い物かごに目ぼしいアイテムを入れていく。

「華恋は元がいいからね。絶対厚くやっちゃ駄目だよ。目元はそんなにイジらなくていいからね」

 揃えてくれたのが、ビューラー、ファンデ、チークとブラシ、それとメイク落としだ。
 全部で4千円弱。
 結構な出費になったが、それでも安い方らしい。

「リップは色付きリップ持ってたでしょ? あれでいいからね」

「うん、ありがとう」

「じゃあ家にいこうか」

「え?」

「だって、やり方説明したほうがいいでしょ?」

「う、うん。でもいいの?」

「もちろん! いつも勉強教えてもらってるからね。今度は私が教える番」

 そういって柚葉は、自分の家に連れて行ってくれた。
 柚葉の家は、久しぶりだ。

「部屋、全然変わってないね」

「それ、褒めてるの?」

「……微妙かも」

「なによそれ」

 柚葉の部屋は変わっていなかった。
 変わったのは、壁のポスターがバレーボールのスター選手から韓国アイドルに変わったぐらい。

 それから柚葉のナチュラルメイク教室が始まった。
 ファンデ、ビューラー、チーク、最後に色付きリップを塗った。
 眉毛もハサミで切りそろえてくれた。

 鏡に映った自分を見てみる。
 いつもと感じが違う自分が、そこにいた。

「うわー、化けるだろうなとは思ってたけど、ここまでとはね」
 柚葉の声が弾んでいる。

「か、可愛くなったかな?」

「駅前で立ってたら、1時間で10人からは声かけられるよ」
 柚葉が変な例えで言った。

「で、誰なの? 相手は」

 柚葉がニヤニヤしながら聞いてくる。

「だ、だからそういうんじゃないって」

「そう……でも話せるようになったら、教えてね」

「え? う、うん。そういう人ができたらね」

 なんとかこれで、柚葉は納得してくれたようだ。
 
 デートなんかじゃない。
 そんなことはわかってる。
 それでも、少しでも可愛い自分を見せたい。
 そんな心の矛盾に、私は戸惑っていた。
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