イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.51:宝生龍一

「ふーっ……いつもここに入る時は、緊張するんだよな」

 俺は重い木製の扉の前で、深呼吸を一つ。
 そしてドアを3回ノックする。

「入れ」

「失礼します」

 俺は扉を開いて、中に入る。
 正面に大きな執務机。
 高い背もたれの椅子に、中年男性が座っている。

「おお、秀一。珍しいな。どうしたこんな時間に」

 圧倒的な威圧感で、そう話しかけてきた人物。
 宝生グループ率いる宝生ホールディングスの代表取締役、宝生龍一。
 俺の親父だ。

「親父、仕事の邪魔してすまない。今ちょっといいか?」

「ああ。ちょうど今、一区切りついたところだ。どうした?」

「親父……頼みがあるんだ」

 俺は正面から、親父を見据える。

「俺の……クラスメートを助けてほしい」

「……詳しく説明してくれるか?」

 俺はかいつまんで説明した。
 月島の父親の借金のこと。
 オーシャンファイナンスと山田組のたくらみのこと。
 その情報を掴んだPTA会長、美濃川のオヤジが騒いでいること。

 親父は最初、淡々と話を聞いていた。
 こういう時、彼は冷静だ。
 さすがに組織の長、感情で重要な経営判断をすることはしない。

 ところが……話が美濃川のオヤジの事になった途端、親父が立ち上がり激昂した。

「なんだと!? あの饅頭屋(まんじゅうや)のクソオヤジがそんなことをほざいているのか! おのれ、美濃川! 饅頭屋の分際でこの宝生グループに楯突くとは、身の程しらずが! いい機会だ、グウの音も出ないほどコテンパンにしてくれるわ! お前のところのあのクソまずい饅頭を、1個も売れなくしてやる! 首を洗って待ってろ!」

 ど、どうした親父?
 それに饅頭屋って……まあ和菓子屋だから、間違ってはないだろうけど……。

 どうやら学校運営で、ことある度に難癖をつけてきた美濃川のオヤジを、日頃からかなり鬱陶しく思っていたようで、積年の鬱憤が爆発したようだった。

「い、いや、まあ、そこまでやらなくても……」

「いや、今度という今度は、目に物を見せてくれる!」

 ……知らねえぞ。
 美濃川総本家、ちょっとヤバいかもしれん。

「ところで秀一、その借金問題の方は大丈夫だな」

「ああ、吉岡が協力してくれている。そっちは大丈夫だ」

「そうか、わかった」

 親父は落ち着いたのか、椅子に座って背もたれに体を倒す。

「ところで秀一。その月島さんというのは、どんな娘さんだ?」

「……面白いヤツだ。俺に少しも物怖じせず、意見を言ってくる。頭の回転も早い。一緒にいて……まあ、楽しいヤツだ」

「はっはっは、それは頼もしいな」

 親父は豪快に笑った。

「秀一、覚えておけ。女性はな、外見の美しさで選んでは駄目だ。内面の美しさ、強さを見ぬきなさい」

「……」

「死んだ母さんも、そうだったぞ。母さんは、とても貧しい家に育った娘でな」

「そうだったのか?」

「そうだ。母さんとは同じ大学で知り合ったんだが、自分の意見をしっかり持った女性だなと思ったよ。聡明で賢く、慎ましやかだった。清貧という言葉がぴったりくる女性だった」

 親父が目を細め、昔話を始めた。
 俺も初めて聞く話だ。

「交際しているときでも、父さんが散財すると『なんでそんな無駄なことをするの?』とよく怒られたわ。それでも好奇心旺盛で、父さんが意見を聞くと的確な意見やアドバイスをよく返してくれた。いろんな意味で、いいパートナーだったよ。早死にした点を除いてはな」

 親父はそう言って寂しそうに笑った。

「落ち着いたら今度その子を家につれて来なさい。というか秀一は友達を家に呼んだことがあったか?」

「……ないな」

「だったらなおさらだ。他の友達と一緒に連れてくるといい」

「……ああ、考えとくよ」

 俺はそこで話を締めた。
 それ以上話すのが、なんとなく恥ずかしかったからだ。
 ありがとな、親父。
 俺は心の中で、そう呟いた。
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