イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

No.06:初マクド

「よし、入るぞ」

 15分後、私達は最寄りのマクドに来ていた。
 赤い看板に黄色のMマーク。
 宝生くんは、やけに気合が入っていた。

 ドアを抜け、中に入る。
 夕方のこの時間は、結構混む時間帯だ。
 レジの前では、10組ぐらい並んでいた。

「なんだ、待つのか?」

「まあ、この時間帯だからね」

「なんで席の予約をしなかったんだ?」

「できるわけないでしょ!」

「できないのか? それは不便だな」

「ファストフードって、そういうもんじゃないの? で、何にする?」

「? 初めてだから、わからんぞ。オススメは何だ?」

「オススメって言われても……お腹すいてる?」

「ああ、結構すいてる」

「じゃあビッグマクドとかは? 二段重ねになってるやつ」

「ああ、いいな。じゃあそれで。ミディアム・レアで頼む。ソースは、そうだな……フォアグラソースがいい」

「あんた、なに言ってんの?」

 前に並んでいた女子大生っぽい2人組が、驚いた様子でこちらを振りかえった。

「焼き加減なんて、選べないわよ。ソースも決まってんの」

「なにっ? 焼き加減もソースも選べないだと? 信じられん。飲食店のサービスとは思えんぞ。ちょっとシェフに話してくる!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 カウンターの方へ行こうとする彼を、引っ張って止めた。
 前の2人が、肩を震わせて笑っている様子がわかる。

「マクドってそういうとこなのよ! それにそもそも、シェフなんているわけないじゃない!」

「そうなのか?」

「そうなの!」

 宝生君はまだ納得していないようだったけど、とりあえず注文した。
 彼はビッグマクド、チキンナゲット、アイスコーヒーのセット。
 私がテリヤキバーガー、ポテト、アイスキャラメルラテのセットだ。
 注文した分の無料クーポンを、宝生君がレジのお姉さんに手渡した。

「ところで……今更なんだけど」

「ん?」

「ご馳走になっちゃって、いいの?」

「ああ、もちろんだ」

「そう。ありがと」

「ところで、もの凄く人の回転が早いな」
 彼は変な所に感心していた。

「まあそういうところだからね」

 確かに結構並んでいたけど、入店してから5分後には商品を手にしていた。

 私がトレイを一つ持とうとしたら、「持つよ」といって宝生君はトレイを2つとも持ってくれた。

 この店舗には2階がない。
 2人そろって、奥のスペースへ入っていく。
 ちょうど一番奥のコーナーに、4人がけの席が空いていた。

「ここでいいよな?」

「うん」

 彼は私を奥側のシートに座らせた。

「なんで椅子が動かないんだ?」

 彼が向かい側に座る時、椅子を両手でガチャガチャと動かそうとしている。

「あーそういう椅子なんだよ。固定されてるの」

「そうなのか? 全く不便だな」

 文句を言いながら、彼はようやく椅子に座った。

「この時間でも、それなりに混んでるな。大半が学生だ」

「そりゃそうでしょ。学校帰りに友達と一緒におやつタイムって感じじゃない?」

 あ、友達と一緒にとか、言っちゃいけなかったかな……。

「なるほど。てことは夕食時になると、もっと混むってことだな。」

「もちろんそうだよ。家族連れが増えると思う。子供ってマクド大好きだしね」

「なるほどな」

 宝生君はそう言うと、店内のフロア全体を見渡した。

「じゃあ食べよっか。初マクド」

「ああ、いただこう」

 私は両手を合わせて、いただきますと小声で言った。
 向かい側で、宝生君が口角をちょっと上げていたのがわかった。
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