引きこもり婚始まりました
崩壊、その後。




彼氏の浮気の証拠を手にして、自動人形みたいな動きをしながら謝り続ける彼氏を前に、私はひたすら立ち尽くしていた。
こんな時、ビンタとかしてみたくなるものかな。
ううん、そんなこといちいち考える暇もなく、手が出るものかも。
証拠があるからこそ確信して、突きつけてやったというのに。
私はまだ、自分で信じていなかったということなのかと愕然とした。


「ごめん……! つい……でも、本当に好きなのは(めぐみ)だけだよ」


(……へー……)


つまり、好きじゃなくてもやれるどころか、その本当に好きな相手のことも考えずに、浮気に走る奴なわけだ。


(……知らなかったな)


春来(はるき)のそんなところ。
子どもの頃からずっと一緒で、お互い他の誰かとの恋愛を経てやっと結ばれて。
春来の恋愛傾向だって、私は何となく把握していたつもりだったのに。
幼馴染みだろうがなんだろうが赤の他人で、ただの男だ。
それを私は勝手に浄化して、彼に限ってそんなことはないと――いや、そんな発想すらなく疑いもしなかった。
だからか、次第に春来の方も大胆になったんだろう。
決定打を分かりやすく打ち、この結婚ももうすぐという頃合いに事が発覚した。


「よかったよ、一歩手前で分かって。まだ本格的な準備してたわけじゃないし。ご両親には春来からちゃんと説明して。私から言われるの嫌でしょ」

「……って、このタイミングで別れるってこと? それは……頼むよ。こんなこと言える立場じゃないけど、それだけは……うちの親、親戚とかにももう話してて」

「は? 」


この期に及んで、体裁とか考えられる立場?
そんな立場じゃないって分かってて、この上私に頼むわけ?


(……最低……)


どうして、もっと早く気がつかなかったんだろう。
どうして、一体どんな根拠があって、私は春来を誠実だと判断したんだろう。
どうして――……。


「なんで、私が春来のお願い聞かなきゃいけないの。後始末くらい自分でしなよ。あ、ちなみに浮気が原因ってこと伏せたりしたら、その時は私からおばさんに言うから。証拠付きで」

「……めぐ……」


この部屋で、その声で、違う名前も呼んだんだろうな。
そう思うと、とてもここで空気を吸い続ける気にはならなかった。


「荷物、捨てといて」


(……あ、あれもこれも買ったばかりだった。勿体な……)


お気に入りの服も、奮発して買ったデパコスも。
ダイエットしようと買った、春来は絶対に食べないオートミールも――。


(こんな時に馬鹿みたい)


勿体ないのは勿体ないけど、どう考えてもやっぱり。


(……もう要らない)


ドアを叩きつけるには、身軽じゃないとね。








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