男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。
「あ、別に、香坂のままでも――」
「じゃあ、杏珠さん」

 けれど、なんだろうか。彼は特に文句をおっしゃることもなく、さも当然のように私の名前を口にする。

 ……というか、私の名前、憶えていてくださったのだと、ある意味感心。

 ぽかんとする私に、丞さんが笑みを向けてくださる。……あ、その表情、好きかも。

「とりあえず、今日は楽しく飲めたらいいなぁって思います。……杏珠さんと一緒だと、なんでも楽しめそうですし」

 これは、口説かれているのだろうか?

 そんなことを考える私だったけれど、店員の女性が戻ってきて、いくつかのおつまみをテーブルの上に並べてくれるから。

 一旦思考回路を中断して、私はとりあえずと焼き鳥に手を伸ばした。

「杏珠さんって、鶏肉好きなんですか?」
「……まぁ、そうですね。豚肉とか、牛肉とかより、鶏肉が好きです」

 なんだろうか、この会話は。

 あと、純粋に恥ずかしくて。いつもよりも早いペースで、お酒を飲んでいく。

 それから、なんだろうか。途中から記憶があいまいになって、消えて行って。

 気が付いたら――冒頭の状態になっていた。多分、そういうことだ。

 我ながら、とんでもない失態を犯してしまったと、思う。
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