路地裏の風使い Stray cry baby.

序章:夏の終わりに


「じんわりと汗ばむ朝の空気が、日を追うごとにやわらいできたね。おばあちゃん、もうじき七十歳の夏が終わるよ」

 額の汗をぬぐいながら、そう祖母が笑った。


 ユウイは収穫したばかりの夏野菜をエプロンに乗せながら、自分は七歳の夏が終わるのねと考えた。


 ナスとトマトが、つゆをはじいてつやつやぷっくり。


 いくつか昼食のパスタに使って、残りは郵便屋さんにおすそわけしよう。と、祖母が香草を摘みながら言った。


 うん! と大きくうなずいて、ユウイは玄関のドアを開く。


 すると、祖母がユウイを呼び止めた。



「ユウイ、今日はいいお天気だから、毛布を干しておきなさい。明日からまたお天気がくずれるそうだからね。もう夜は冷えるから、毛布にたくさんおひさまを吸い込んでもらいなさい」



「わかったわ! おばあちゃん!」



 ユウイは耳の遠い祖母に聞こえるよう、大きな声で返事をした。



 西の森と呼ばれる、西の大陸エトビスク国グランドール州の小さな森の中。


 ユウイは父方の祖母と二人きりで暮らしている。


 父と母は、去年のクリスマスに離婚した。


 ユウイは父に引き取られ、この森に連れてこられてから今日で八ヶ月になる。


 引き取られた、といっても、父はユウイを引き取ったのちすぐ仕事で海外へ行ってしまった。


 自給自足ができればいいというほどの小さな畑と、つがいのヤギ。


 二人暮らしにはちょっと大きい二階建て木造の家に、裏には小川がちょろちょろ流れている。


 訪問者は、郵便屋さんと時々野ウサギ。そして木々の枝にとまる、尾っぽがちょっとだけ青いハトぐらいだった。



 時間はいつものんびり流れているように感じるけれど、ユウイは退屈だなと思ったことが一度もなかった。


 虫やカエルは嫌いだけれど、ユウイは畑に種をまいて芽が出るまでの観察が大好きだったから。


 それと、何より祖母の話を聞くのが一番好きだった。元絵本作家の祖母の話は、作り話だとわかっていても、いつもどきどきわくわくする。



 台所のシンクに収穫した夏野菜をおいて、ユウイは二階の自室へと続く階段を駆け上がった。


 一、二、三と数えて、踊り場まで十二段。そういえばおばあちゃん、今日は十二人の魔法使いの物語を聞かせてくれると言っていた。楽しみだ。


 部屋のドアを開け、ユウイはベッドの上からお気に入りの桃色毛布をひっぱった。


 ころん、とクマのぬいぐるみがベッドから転げ落ちる。ユウイはあわててそれを拾い上げて、窓際の机の上に置いた。


 ぬいぐるみの形をしているけれど、このクマには背中にファスナーがついている。ユウイはそのファスナーをおろすと、虹色の包装紙に包まれた飴を二つ取り出して、エプロンのポケットにしまった。あとでおばあちゃんと食べよう。と。


 毛布をずるずる引きずりながら、部屋を出ようとしたときだった。



 ごめんください! という女の人の声が聞こえた。



 はーい! と大きな声で返事をして、ユウイは毛布を引きずりながら慎重に階段を降りて行く。こんな森の中、郵便屋さん以外にお客さんなんてめずらしい。


 階段の踊り場で立ち止まり、玄関を見やると、そこには大きなトランクを持った女の人が立っていた。


 白のブラウスにグリーンのロングスカート。髪は前髪を含めきれいに後ろでまとめている。


 その女性はユウイを見るや否や、大きなトランクを持ったまま階下までやってきて、言った。



「ユウイ、荷物をまとめなさい。ここから出るわよ」



 開口一番そう言われ、ユウイは何が起きているのかわからないまま毛布を抱え、その場に立ちすくんだ。

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