降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。
毎年、この時期は憂鬱だった。

朝も昼も夜も絶え間なく雨が降り続けて、空はどんよりした灰色に覆われて、常に薄暗い日々……だったはずなのに、桐生さんと出会ったあの日から、私の世界は明るくて、『梅雨も悪くない』そう思えるようになった。

あんなにも大嫌いだったはずの梅雨が、“桐生さんに傘を貸してあげられる”……ただそれだけの理由で、こんなにも嬉しいだなんて、本当にどうかしてる。


「桐生さん、おはようございます」

「ん」


エントランスには、雨降りなのに傘を持っていない桐生さんが立っていた。


「傘、買ったらどうですか?」

「要らねえ」

「ですよね」


この役目は私だけのもの。

誰にも譲れないし、譲らない。

傘だって買わせてやんないんだから。


「はい、どうぞ」


私が傘を差し出すと、その傘を受け取って頭を撫でてくる桐生さん。


「ありがとな」

「うん。いってらっしゃい」

「ん。気を付けて行ってこいよ」


私は少し背伸びをして、桐生さんは少し屈んで、優しく触れ合う唇。


降りしきる雨がキラキラ輝いて見えて、こんなにも綺麗だなんて……本当に信じれない。


「じゃあね、桐生さん!」


手を振っても振り返してはくれない。でも、優しく微笑んでくれる。



そんな桐生さんが──── 大好き。


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