相会い傘歌
ただ一言、「返さなくていいから」という言葉を残して──


結局彼とはそれっきりだった。

一度だけ、どうしてもお礼が言いたかったのと、せめて名前だけは知りたくて、こっそりと上級生の教室を見て回った事がある。

やっとの想いで3年の教室で見つけた彼は、あの時の気だるさはどこにも無く、別人かと思うほど溌剌(はつらつ)としていた。


何となく見てはいけないものを見た気がして、私は声も掛けられず、その場を立ち去った。


彼には彼の内面の世界がある。

雨の日に出会った人と、わざわざ晴れの日にも会うことはない。

そんなふうに私は納得することにしたのだった。
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