これは恋じゃない
第二章 記憶喪失と新しい自分
3月24日、事故にあった。東京に行く前の出来事だった。東京へ旅立つ1週間前の出来事だった。

気づいたら、病院のベットに寝かされていた。
目が覚めると、知らない人ばかり自分の周りにいる。
服装でなんとなくどういう人なのか分かった。
お医者さん、看護師さん、それから…この女の人は誰なんだろう。
なんだか、心配そうにこっちを見ている。
「紬さん、佐倉紬さん、わかりますか?」
「つ・む・ぎ?」
「佐倉さん?なにがあったか覚えてますか?」
なにがあったか?なにか記憶をたどろうとしても、思い出せない。頭がズキっと痛む。
とりあえず首を横に振る。
「自分の名前、言えますか?」
「なまえ?…」
名前、なんだっけ。思い出そうとすればするほどわからない。
「あなたの名前は、佐倉、紬です」
「さくら、つむぎ。」
「そうです。では、こちらにいる女性は誰かわかりますか?」
お医者さんは、次々に私へいろんな質問をした。
けれど、ほとんど答えられない。
横に立っている女の人は母親だと言われたけれど、今のわたしにとっては見ず知らずの他人のような人。
医者からは、記憶喪失だと言われた。自転車に乗ってるときに、信号無視した車とぶつかっって、そのときに頭を打ったのが原因らしいみたい。
3日間入院して、検査などをしたら、とくにけがもないため家に帰された。
家に帰ると、母親らしい人から、いろいろな話を聞かされた。
どうやら、5日後、大学進学で東京に行くみたい。一人暮らしで。
母親は、こんな状態の私を心配して、一人でやっていけるかどうか、いろいろ話し合った。
記憶がないって言っても、自分の過去や身の回りのことがわからないだけで、普段暮らすのには支障はないし、
母親といっても知らない人と暮らすよりも、一人で暮らした方が気が楽だからなおさら東京へ行くのは好都合だ。
あと、もう一つだけ大事な話を聞かされた。
どうやら佐倉紬という名前は最近のものらしい。
2週間前に親は離婚したみたいだ。
前の名前は、水野紬。子供の私は苗字を変える必要はなかったみたいだが、父親をあまりにも嫌っていて、そんな父親と縁を切るためにも苗字を母の旧姓に変えたみたい。
記憶がないから、言えることだけど、水野の方が佐倉よりも今の自分は気に入っている。だけど、今は佐倉紬。
父親が誰かは聞かなかった。過去の自分が嫌っていたのなら、そのまま知らないまま、忘れたままでいる方が過去の自分にとって良いいと思うから、何も聞かないことにした。父親という存在をないものにした。
自分が記憶喪失になったということは誰にも知らせなかった。知らせたとしても、すぐに東京に行っちゃうし。
東京は、はじめましての人ばかりだから、何もないところからのスタートに相応しい。そんな気がした。
心配する母を一人家に残して、予定通りの日に、東京へ行くため、家を出た。









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