形がわりの花嫁は碧き瞳に包まれる

初めてのお出かけ


さあさあ、と、お浜に急かされ、櫻子は外出の支度とやらの為、台所から連れ出されようとしている。

「いや、なんだねぇ!風呂に入って丁度よかったんじゃないかい!」

お浜は、ご機嫌な調子で、やらかしてしまったことなど、忘れたかのようだった。

かしましさ満載で、お浜は、櫻子を引っ張り、消え去った。

立て付けが悪いと、愚痴りながら、部屋の板戸を、ガタガタ開けている音が流れている。

残った男達は、やれやれと、顔を見合わせているが、金原だけは不機嫌そうに睨みを利かせていた。

「おや、社長。支度しなくていいんですか?櫻子さんをお待たせしてしまいますよ?」

八代は、クスリと笑いながら、金原へ空々しく言う。

「わかっている。が、なっ!!お前ら、なんで、揃いも揃って、あれを、そうやって……!!」

「そうやって、て、なんすっか?ってゆーか、人力また、だすんですよねぇ」

帰って来たばかりなのにと、虎は、不満そうだった。

「まあ、虎、そう言わず。社長ご夫婦の、初めてのおでかけだぞ?もっと、張り切れ」

八代が、虎へ、発破をかける。

ん?と、虎は、首をひねっているが、あっーー!と、叫ぶと、ガッテンだ!と、何やらやる気になった。

「八代の兄貴!俺っち、頑張りますっ!」

言うと、抱えていた重箱を、板間に置いて、また、外へ駆け出そうとするが、ピタリと止まり、

「あっ!俺っちの分、残しといてくださいよっ!兄貴達ーー!!」

と、懇願した。

「お?そりゃーどうだか、酒が入ると、箸が進むからなぁー」

龍が、とぼけてみせる。

えぇーと、顔を歪める虎へ、

「櫻子ちゃんの作った粥があるだろー!虎、てめぇーは、それ、食っておけ」

「おや?櫻子さん、さっそく、裏方の仕事を?へえ?何もない台所で、良く、料理できたなぁ」

「あー、俺っちが、菜っ葉みつけたんで」

「おお、醤油も味噌も使い物になんねぇし、たいへんだったなぁ。いや!全て新しく揃えなきゃいけないぞ」

虎と、龍は、二人して、台所事情に頭を悩ましている。

「だからっ!粥は、いい!なんで、お前らわっ!!」

金原は、相変わらず、不機嫌だった。

「えー!櫻子ちゃんの、粥、うまそうでしたぜ?!」

「あー!俺っち、粥食べて腹ごしらえしたいっす!続けて、車引きは、キツイっすよー!」

「だそうですよ?社長?こいつら、櫻子さんの粥も気になるそうで……」

八代は、相変わらず、ニヤニヤしていた。

「だ、だからなっ、なんで、お前らが、あれを!!」

「粥ですかぃ?」

龍が、真顔で金原へ迫る。

「社長は、櫻子ちゃんと、外食へどうぞ。俺達が、粥を頂きますよ。というか、そうだよなぁ、虎。腹ごしらえしとけ!櫻子ちゃん、手作りだ。力が、付くぞ!!」

「へぇい!!龍の兄貴!」

龍は、土間へおりると、粥の入った鍋蓋を開けた。

「あー、水気を吸って、ずいぶん、ふやけてるなぁ。このままでも、食えねぇことはないが……とりあえず、食っとけ!」

あれこれあったために、実は、誰も粥を食べていなかった。

「これ、食うか?」

ほらよ、と、龍は、盆に乗せてある、おそらく、金原に出されていたであろう、物を虎へ差し出した。

おっ!と、嬉しげな声をあげて、虎は受けとると、板土間に腰かけ、粥をあっという間にかきこむと、うめぇー!と叫んだ。

「そんじゃ、人力まわしてきやす!」

頼んだぞと、龍は声をかけ、八代は、ニヤニヤ笑っている。

そして、たまりかねたか、金原が、

「な、なんで、お前ら、あいつを名前で呼ぶっ!!」

と、怒鳴り散らした。

「いや、そりゃ、名前ですから呼びますでしょう?あれこれ、呼ばわりは、失礼かと?」

八代が、すました顔で意見した。

「ですよねー、櫻子ちゃんの方が、奥様より、可愛いし」

龍も、八代に続く。

「だ、だからと、いって!!」

「キヨシ、あんたも、名前で呼べばいいだろ?さあ!支度できたよっ!さっさと、おしよっ!櫻子ちゃん、玄関で待ってるよっ!!」

金原を呼びに来た、お浜が、苛立っている。

「さあ、櫻子奥様を、お待たせしてはいけませんよ、社長」

ニヤケ顔の八代に、ぶっと、龍が吹き出す。

金原は、無言のまま、ドタドタと足音を立てながら、台所を出た。

廊下からは、大きな足音が響いて来る。

「何を、うだうだ、言ってたんだい?」

お浜が、騒がしい足音に眉をひそめながら、男二人に問いただした。

「うらやましいんだとさ、名前で呼ぶのが」

くくく、と、八代は肩を揺らして笑った。

「はあ?!なんだい、それ。だったら、呼べばいいだろう?」

「だがな、お浜、想い人が、やっと自分のものになったんだ。もう、ガチガチよ」

「ちょっ、ちょっと、待った!八代の兄貴!」

「八っつさん!なんだよ、どうゆうことだい?!」

「どうもこうも、うちの、社長様は、昔から、櫻子さんと、夫婦になりたかったのさ」

いやいやいや、なんだいそれ。そんなもん、聞いてないですって!などなど、お浜も龍も、八代の発言に色めきだった。

「おっ、膳もあることだし、酒でも飲みながら……」

「八っつさん!!聞くよ!」

「八代の兄貴!聞く!聞く!聞きますよっ!!」

お浜は、水屋箪笥から、一升瓶を取り出し、龍は、土間の戸棚から、湯飲みを取り出し、酒盛りの準備は、あっという間に出来上がった。

そして、玄関では。

「……すまん、待たせた」

上着に手を通しながら、金原は、玄関たたきで待っている櫻子の姿を凝視していた。

「……あの、おかしいでしょうか……」

小さな声で自信なさげに言う櫻子へ、金原は、

「い、いや、いい!!」

と、思わず叫んでいた。
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