あまりにもずるいきみの話
2話 放課後


『他の男に会いに行かないでね』
『約束して』


……昨日の一春がずっと頭から離れない。
いや、そもそも一春のことを考えない時のほうが珍しいんだけど、今までと少し状況がちがうというか。


「じゃあプリント配るから後ろに回してねー」


授業中の静かな教室で、私は一人頭を悩ませている。

私の中の一春のイメージは、ゆったり穏やかっていうか。余裕があって優しい人。

でも、昨日の一春は違った。

どことなく危険で、じわじわ追い詰めてくるような。逃げられないっていう静かな危機感があった。
私、一春のあんな顔、初めて見た。


「はい。柊さん」
「あ、ありがと……」


私の告白を軽くスルーしたり、ちょっと意地悪なところもあるけど、そんなのとは比べものにならない。

プリントを一枚取って、後ろの席を向く。


気になることはそれだけじゃない。
ねぇ一春。どうして昨日、あんなことを言ったの?


「……?なに」


プリントを回しながらじーっと一春を見ていたら、彼は笑った。昨日のことなんて忘れてるみたいに、いつも通り。

ぐるぐると考え込んでいるのは私だけってこと?ちょっと不服……あぁでも、その笑った顔、やっぱり好きだなぁ。


「好きだな、って思って……」
「はは。早く前向きな」


こうやってあしらうのもいつも通り。
でも私、思ったの。一つの可能性があるんじゃないかって。



「──加瀬が嫉妬?」
「うん。もうそうとしか考えられない」


休み時間中、苑を廊下に連れ出して昨日のことを話した。一春に言われたこととか、全部。


「だって、ただの友達にあんなこと言う?"他の男に会いに行くな"とか、"他の男見る余裕あるの"とかっ」
「まぁそうだけど……でもちょっと意外。あいつ、そんなこと言ったんだ?」
「昨日はいつもと雰囲気が違ったの。一春の柔らかいとこぜんぶ無くなったみたいな」


「ふーん?」と、苑が紙パックのジュースを飲む。


「加瀬一筋だったあんたに他の男の気配感じて、自分の気持ち自覚して、嫉妬した、と」
「でも、そうだとしたら納得できない部分もあるの」
「なにが」


教室の中でクラスメイトと楽しそうにお喋りしている一春をキッと睨む。


「さっきも好きって言ったのに、スルーされた」


どうして!
嫉妬するってことは私のことを少なくとも友達以上には感じてるってことでしょう!?


「せめてスルーせずに持ち越すなり受け止めてほしいんだけど……!もしかして無自覚に嫉妬したの!?」
「まさか。あぁいうタイプが鈍感なわけないじゃん。百花、弄ばれてるんだよ」
「も……!?」

「誰かに好かれるのって気持ちいいから百花のことそばに置いとこうとしてるんだよ」


とんでもないことを言う苑にギョッとする。
な、なんてことを言うの。

一春はそんな人じゃない……はず。私の知ってる一春はそんなことしない。

こうなったら確かめるしかない。私のことを本当はどう思っているのか。





「うん。私は今日も可愛い」


トイレの鏡に向かって小さく呟いて、リップをポーチの中にしまった。


『苑との約束断ったから、代わりに一春、来週の放課後私とデートして』


私のお誘いに、一春は『いいよ』と、なんてことないようにOKしてくれた。
今日が放課後デートの日。私にとっては一春の気持ちを確かめる大事な日。髪もゆるく巻いてきたし、メイクもばっちり。


「お待たせ。可愛くしてきた。どう?」


さぁ、対戦開始よ。
靴箱で待っていてくれた一春の前に、自信を持って立つ。


「可愛いよ」


腕を組んだまま柔らかく笑う。さらーっと可愛いって言ってくれる一春に、キュンと胸が鳴る。
一撃でノックアウトされかけてる。ずるい。

彼氏として言ってくれたら、もっと幸せなのに。


「あのね、行きたいお店があるの」
「スイーツの?」
「すごい。なんでわかったの?」
「百花、昔から甘いの好きじゃん」

「……そういうの、私のことわかってくれてるんだなーって、もっと好きになっちゃうんだけど」


一春は私の言葉に笑うだけ。

学校から歩いて着いた場所は、人気のジェラート屋さん。女子高生とか大学生の人たちでいつも混んでいる。
大きな公園がすぐ近くにあって、テイクアウトしてベンチで食べるのがお決まり。


「私、カップル限定の苺味のやつが食べたい」


順番待ちの列に並びながらメニューを見る。
今日のお目当てはこの苺ジェラート。世のカップルはこれをシェアして食べるんだよ。


「俺らカップルじゃないけど」
「恋人になったらいいんだよ」


じっと一春を見上げる。
何度も告白しているから知っていると思うけど、私、一春のことが好きなの。


「私と付き合って」


その時、ちょうど私たちの順番がきた。
一春は仕方ないなとでも言うかのように笑って、苺のジェラートを頼んだ。


「はい。食べたかったんでしょ」


ベンチに座って、ジェラートをくれる一春。
えっと、これってつまり……?


「付き合ってくれるってこと?」
「OKしたつもりはないけど」
「これ買ってくれたのに」
「カップル確認されなかったし」
「年齢確認みたいに言わないで」


むぅっとしながら、ジェラートをスプーンですくう。甘酸っぱくて美味しい。しかもカップじゃなくてコーンにしてくれてる。
カップよりコーン派の私のことを考えて買ってくれたんだろうなってわかるから、やっぱりずるい。


「私、あの時の一春は嫉妬したんじゃないかって思ったんだけど。ようやく私のこと意識してくれるようになったのかなって。ちがう?」
「申し訳ないけどハズレ。俺にも一口ちょうだい」
「……はい」


少しの対抗心で、一口分のジェラートを乗せたスプーンを一春の口元に持っていく。

あのね、私これでも学校の人たちから可愛いって言われてるんだからね。告白されたことだってあるんだからね。
ねぇ、こんな私にあーんってされて、ドキッとしないわけ?


「美味いね、これ」って、顔色ひとつ変えない一春。
むかつく。悔しい。


「じゃあどうしてあんなこと言ったの」
「大事な友達が変な男に騙されるかもしれないの嫌でしょ。百花は純粋すぎるとこあるし」
「ともだち……」


あぁそう。よくわかった。
一春が私のことをどう思っているのか。あの時の言葉は、友達として言ったってことも。


『誰かに好かれるのって気持ちいいから百花のことそばに置いとこうとしてるんだよ』


苑が言ってたことも、あながち本当なのかもしれない。
ぎゅ、と手のひらを握りしめる。


「……一春は、私が他の人好きになっても何も思わない?」


無意識に俯かせていた顔をあげて、一春に視線を移す。


「……え」


一春は、隣に座る私をじっと見ていた。
その瞳が、この前と同じような影の濃い黒色で。なにも言われていないのに、ふるっと震えてしまう。


「好きになった人がいるの?」


これは、私の知らない一春だ……。
どうしてそんな顔をするの。


「か、仮の話だよっ。そうなってもいいのって……」


頭の中がぐるぐると回ってる。どこか遠いところでカンカンと警報が鳴っているような気もする。

溶けたジェラートが人差し指に流れ落ちて、その冷たさにハッとした。

慌ててハンカチを取り出そうとした時。


「っあ、え……!?ちょ、一春っ、」


手首を引っ張った一春が、指先に唇を寄せた。
その温かい感触に、ドッと心臓が鳴る。

甘さのなくなった指と、飛び出してしまいそうな心臓、一春の黒い瞳。

カリ、と指を軽く噛んだあと、一春は言った。


「……もしそうなったら、百花のことどこかに閉じ込めるかもね」


ドッ、ドッ、ドッ。
心臓の音が、頭に響く。

怖いくらい静かに笑う一春から、なぜか目が離せなかった。


……私、どこかおかしいのかな。
怖いと思うのに、優しいだけじゃない一春のことを、もっと知りたいと心の奥で思ってしまっている。



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