亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
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薄暗い王宮の地下。
水音が聞こえるのは、地上で雨が降っているせいだろう。
セディアスは、牢の個室に入れられていた。
その個室が他の囚人の部屋とは少し離れた位置にあるのは、中に入った者が、情報を他の囚人に漏らすことができないように配慮してのことだ。
ただ静かに時を待つ中、女性の靴音がして、セディアスはふと、軽く失笑した。
「来ると、思っていました」
現われた金髪の乙女、緋色の瞳を持つ、彼の祖国の王女を、セディアスは笑顔で迎える。
格子ごしに見えるその姿に、シルフィリアは唇をかんだ。
牢に入れられた従弟には、凄惨とまでは言わないまでも、取り調べの際、なぶられたであろう跡が数多く残っている。
「私が何をしにきたか、わかっている?」
「はい。ですが、私がそれに応えると?」
意地の悪い返しをするセディアスに、シルフィリアは沈黙で答えた。
セディアスは、しばらく黙っていた後、固い石畳の床を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、あなたを愛しています。今までも、これからも。私の命が続く限り」
それは、セディアスが秘めていた思いだった。
今まで、シルフィリアにそれを伝えることはなかった。
だから、恋を知らなかった彼の想い人は、この想いに気が付くことはなかった。
けれども、今目の前に居る彼女は違う。
「あなたは、あの王子を、愛しているのですね」
肯定も否定もしないシルフィリアの優しさに、セディアスは、ああ、と思う。
ああそうだ、セディアスの焦がれた人は、こういう人だった。
思いやりがあって、優しくて。
こうして、罪を犯したセディアスにすら、優しさを見せる。
そんな彼女が、祖国を思わないはずがなかったのだ。
迷っているなら、違えているなら、それだけの理由があったはず。
なのに、セディアスは、そのことに目を向けようとしなかった。
『何もないのよ、セディアス。私と彼の間には、何も――彼はただ、私を守るために』
あのとき、セディアスはようやく、彼女が何を思い、苦しんできたのかを知った。
同時に、それが遅すぎたことを理解した。
セディアスは既に行動を起こし、目的を遂げつつあり、それは取り返しのつかないことであったから。
そうして悟った事実のすべてが、セディアスを打ちのめした。
裏切り者を、正そうとしたのだ。
セディアスは神官で、正しさの僕だったから。
正すために、行動を起こし、それを遂げようとした。
けれども、本当に裏切り者は、緋色の瞳の奴隷姫ではなく――。
「緋色の瞳を、愛で満たせ。癒しと命は、フィリアの花と共に」
見開かれた緋色の瞳に、セディアスは苦笑する。
それは聖典の一説だった。
決して外に出すなと言われた、最終章の言葉。
王族たるシルフィリアですら知らない、治癒の力の秘密を綴ったもの。
「聖典はあの日、神官達全員で燃やしました。一冊残らずです。けれど、そのすべては、私の頭の中にある」
「セディアス」
「それが私達、神官の使命でした。シグネリアの誇り。フィリアの花が象徴する、我が国の矜持を守れと、そう、父は……」
セディアスの父。
シルフィリアの叔父である彼は、神官長だった。
王国滅亡のあの日、最後まで王都を守るべく奔走し、命を落とした、シルフィリア達の家族。
「けれど、それももう、失われます」