俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
5歳年上の基は自動車工学だけでなく、心理学やリスクマネジメントなどの専門分野も学んでいる。
幼い頃からチームを率いて来た父親の背中を見て育ったため、大所帯を動かす術を心得ているのだ。
「女遊びがしたいなら、他を当たれ」
「……基には言われたくねぇ」
「遊び半分で付き合っていい子じゃない」
「お前にあいつの何が分かるんだよ」
自分より理解しているといった態度の基にイラっとする。
「あの子の心の傷を癒せるのは経験値が豊富な男じゃなくて、全てを包み込めるような寛容な男だよ」
「っ……」
羽禾の心の傷を見抜いたみたいな口ぶりに、瑛弦の片眉がぴくっと反応した。
何でもかんでも口にするような女じゃないことは分かってる。
それこそ、傷を更なる傷で覆い隠そうとするくらい歪んだ思考になることも瑛弦は知っている。
自分だけが知っていると思っていたことを突き付けられ、さすがの瑛弦も余裕がなくなって来た。
「26年生きてりゃ、誰にだって多少のバンプ(凸凹とした部分)はあるだろ。俺があいつの傷ついた部分を補えるとは思えないが、だからと言って、他の男が攻略するのを黙って見過ごせるほどデキた男じゃないんでな」
「……フッ」
「エンジニアはエンジニアらしく、ボックス(ピット)の中で黙って見てろよ」
「上手いこと言うな」
「レースに出れるのは、選ばれたドライバーだけなの、知ってんだろ」
レースの参戦条件ですらクリアしてないぞ、と牽制した。
まだ『好き』という感情がどれほどのものか分からずにいるが、初めて素の自分を曝け出せた相手を容易く他の男に譲るなどできないと、瑛弦は無意識に思った。