『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
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 俺はただただ神妙に待つしかなかった。

「伸之さん、子供の為にいただいた養育費やこれから生活していくのに
いただいた慰謝料からは出せないけど、私の仕事で得た収入が250万円
あるのでこれを使ってください。

 上手い具合に銀行に入れずに手元に置いてあったんだけど、
きっと神様の思し召しだったのかも。

 すぐにあなたに渡すことができて良かった」



「こんなに? 有難いよ、ほんとに助かる」俺は頭を下げた。


「きっと返すから」

「うん、あなたならきっとやり直せると思う。
 貸し出し期間は50年だから、急がなくていいです」


 
  追い返されてもしようのない立場でこんなに貸してもらえるとは。
 以前の自分の立場ならはした金だが今の自分にとってはものすごい大金だ。


 彼女が働いて得た収入ということはものすごく貴重なお金のはず。
 有難くて涙が出そうになった。


「百子さん、ほんとにありがと。
 コーヒーも美味しかった。

 昔と同じ味の君のコーヒーをいただいて、お金も貸してもらって
力を貰ったから、また一から頑張るさ。
 じゃあ、そろそろお暇するよ」


「ええ、あなたもお元気で」

「君たちも元気で」

 俺は安堵とともにドアを閉めた。


 玄関には娘の靴があったが俺が玄関口で暇を告げる段になっても
娘が姿を見せることはなかった。

 寂しかったがしかたあるまい。
 冷酷な父親だったのだからな。



          ◇ ◇ ◇ ◇


 父親が帰った後、二階で息を潜めていたであろう娘が階下に降りて来た。


「お母さん、お父さんの会社ってもう駄目なの?」

「うん、難しそうね。会わなくて良かったの?」

「私、どんな会話すればいいのか分かんなくて……。
 もっと大人にならないと駄目だよね」


「今度会うことがあれば、『こんにちは』だけでもいいから
話せるといいわね」


「うん、今度会う時は挨拶するよ」

 ふふっ、茜のお父さんだものね。


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