『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
74     

◇百子の手紙

 伸之の会社が倒産し、両親共々賃貸アパートに入居したものの、
翌月の賃貸料にもことかく状況で寒さを凌ぐ為の暖房機器を買うお金もなく、
恥を忍んで百子のところへ伸之がお金を借りに来たのはその年の最後の月
だったのだが……。


――――― 遡ることその11か月前 ―――――

 百子はその年の正月の三が日を終えた数日後に
世情を鑑みて速攻離婚届けを出していた。


 その日は気温が10.3℃お天気の良い日だった。
 山下には賀状を送っていたが、暮れに出した時はまだ離婚届けを
出していなかったので石田性で出していた。


 しかし、今や晴れて? 
離婚を迫られて旧姓に戻っただけなのに『晴れて』というのもおかしな
表現なのだが、本当に百子はこの時、晴れて旧姓に戻れた……
という感覚だった。


 ちょうど山下と映画の完成披露試写会で再会した日から
1年余りの月日が流れていた。


 山下が以前百子に、まだ石田さんと呼んでいいのかと尋ねてきたことがあり、
そのことがふと脳裏をよぎった。


 それでなんとなく彼にさり気なく旧姓に戻りましたよと分かるような
ハガキなり手紙なりを出してみようと思い立ったのだ。

ようやく離婚届けを出せたことで誰かに向けて『自分は旧姓に戻ったんだぞー』
って言いたい気持ちでいっぱいになり、気軽に言えそうな相手が
ちょうど山下だった。
 
 大抵は離婚した話などすると、きっと気の毒がって慰めてきたりするだろう。


 でも山下はすでに自分の身に起きたことや離婚することをすでに知っている人物で
そういった煩わしさもないと思われ、そして何よりこの先頻繁に
同じ時間を共有しなければならない関係性でもなく気楽だ。


 百子は思い立つとすぐに近況報告として、正月を実家の両親や子供たちと
自宅の庭先で七輪を出して焼肉パーティーしたことなどを手紙にしたためて
出した。


 手紙に離婚したことを具体的に書くことはなかった。
 差出人の名前を『秋野百子』と記したのみ。

 果たして彼はこれで気付くだろうか。
 ようやく今頃自分が離婚したことを……。

< 74 / 116 >

この作品をシェア

pagetop