シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 幸い、電話はすぐ繋がった。

「Green Showerの⽴⽯と申します。マチュアの須堂さんのお電話でよろしいでしょうか?」
「はい」

 不機嫌そうな男性の声が戻ってくる。いつもはもう少し愛想がいいのに、そのめんどくさそうな対応に嫌な予感がして、急に鼓動が速まった。
 一拍おいて冷静な声で一花は事情を話す。

「本⽇、ご依頼いただいた貴店の店頭ディスプレイに伺ったのですが、業者の申請がされてなくて、入館できないのですが」
「あぁ、それね。ディスプレイはすべて、そこに⼊ってる店に頼まないといけなかったんだよ。⾼いから嫌だったんだけど、例外は認めないと⾔われてさ。だから、悪いけど、キャンセルね」

 予感は当たり、そっけなく言われる。まるで自分は悪くないとばかりの発言だったが、それは気安く受け入れられることではなかった。
 この時点でキャンセルと言われてもすべて用意は整っているのだ。
 
「そんな、困ります! もうお花も持ってきてるんです」
「そんなこと⾔われても、飾るところがないんだから仕⽅ないだろう。じゃあ、失礼するよ」

 取り付く島もないとはこのことで、一花がなにも⾔い返せないうちに、ブツッと電話が切れた。
 企業人とは思えない無責任な対応だった。

「ちょっと……!」

 唖然とスマートフォンを⾒つめ、⼀花は固まる。
 デザインを何回もやり直しさせられ、決まったと思ったら値切られて、実績になるからと⾃分を無理やり納得させて引き受けた案件だった。

(もう少し早く⾔ってくれたら、お花もキャンセルできたのに、ひどいわ!)

 彼の口ぶりからしたら、急に決まったことではないようだ。
 当たり前だが、施設側からNGが出たのなら、その時点で⾔うべきだろうと憤る。
 さんざん我がままを言ったあとだったからキャンセルというのが気まずかったのかもしれないが、最悪の対応だった。
 スマートフォンを握りしめた⼿が怒りに震える。
 近いうちにこんなに⼤量の花を使う依頼はないから、台⾞の上の綺麗な花たちは⾏き場を失って、ほとんどのものは破棄するしかない。
 費⽤をかぶるのもつらいけど、花を活用できないのが⼀番悲しかった。

「藤河エステートならちゃんとしてると思ったのに……」

 思わず、恨みがましい声が漏れてしまう。
 そこへ後ろから声が聞こえた。

「それは聞き捨てならないな」

 驚いて振り返ると、仕⽴てのいい三つ揃いスーツを着こなした⻑⾝の男性が⽴っていた。
 三⼗代ぐらいの⾃信に満ちたその顔は理知的で端整だ。
 ⼝端を曲げ、挑むような笑みを浮かべている。

「副社⻑、お疲れ様です!」

 守衛が急に姿勢を正したのが⽬の端に映る。
 ⼀花は守衛と彼を交互に⾒た。

(副社⻑?)
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